SSブログ
永見隆幸 建築 ブログトップ
前の10件 | -

招福楼本店 桂の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 [永見隆幸 建築]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、滋賀の八日市にある、日本を代表する茶懐石の名店「招福楼 しょうふくろう 桂 かつら の間」を訪問されました。



taka shofukuro-20.jpg
招福楼 玄関の衝立





招福楼は、明治元年=1868年創業の老舗で、千四百坪の敷地に六部屋という贅沢な造り。しかも、そのうちの、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間の四室は、平田雅哉棟梁の手になるものです。





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉
HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、料亭「招福楼」(八日市)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

※このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





HIRATA Masaya2.PNG
平田雅哉棟梁





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





桂の間 かつらのま

小座敷の中で最も特長が多いと言われています。縁側に属する吹抜けの障子は、大徳寺茶室の小堀遠州「孤逢庵 こほうあん」忘筌席 ぼうせんせき 写しの吹抜に倣ったものだそうです。
野根板 のねいた は、天然木の、黒部=黒檜 くろべ(ネズコとも称す)や 樹齢二百五十年以上の杉の原木を、刃物を用いることなく、人の手だけで、木の繊維に沿って割り剥いだものを指して言います。自然な木肌の凹凸 おうとつ や光沢が、素朴で侘びた独特の風情を醸し出し、数寄屋造や茶室の天井材として不可欠なものです。
桂の間の正形でない天井に、見事に黒部の野根板を張ることが出来るとは、流石、平田棟梁。





taka shofukuro-100 katsura.jpg





taka shofukuro-101 katsura.jpg





taka shofukuro-102 katsura.jpg





taka shofukuro-103 katsura.jpg





taka shofukuro-105 katsura.jpg





taka shofukuro-106 katsura.jpg
美事な野根板の天井





永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。芸術文化全般にわたり造詣が深いと申し上げてよいでしょう。





taka shofukuro-18.jpg
招福楼の女将 中村恭子さん(左)永見隆幸先生(右)

中村恭子さんは 招福楼四代目店主 中村成実 なかむら しげみ さんの奥様





永見隆幸 招福楼本店 訪問 建築庭園編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 招福楼本店 七宝の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-2
 ↑
Shofukuro Shippo-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 灯の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-3
 ↑
Shofukuro Tomoshibi-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 楽浪の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-5
 ↑
Shofukuro Sazanami-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 訪問 懐石料理編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 平田雅哉を読む
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-01-06
 ↑
平田棟梁 数寄屋造 資料


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

招福楼 楽浪の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 [永見隆幸 建築]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、滋賀の八日市にある、日本を代表する茶懐石の名店「招福楼 しょうふくろう 楽浪 さざなみ の間」を訪問されました。



taka shofukuro-10.jpg





招福楼は、明治元年=1868年創業の老舗で、千四百坪の敷地に六部屋という贅沢な造り。しかも、そのうちの、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間の四室は、平田雅哉棟梁の手になるものです。





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉
HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、料亭「招福楼」(八日市)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

※このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





HIRATA Masaya2.PNG
平田雅哉棟梁





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





楽浪の間 さざなみのま

楽浪は、古くは近江の呼び名であり、志賀の枕詞でもあります。この座敷は、招福楼の中にあって、最も軽快で肩の凝らない座敷と言われています。縁側は茶室半庵における茶事の外腰掛にも用いられます。





taka shofukuro-85 sazanami.jpg





taka shofukuro-86 sazanami.jpg





永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。芸術文化全般にわたり造詣が深いと申し上げてよいでしょう。





taka shofukuro-87 sazanami.jpg





taka shofukuro-88 sazanami.jpg
飛石と関守石:関守石とは、飛石の上に棕櫚縄 しゅろなわ や蕨縄 わらびなわ で十文字に結ばれた丸味のある石。ここから先は入らないで戴きたいという亭主の心を表す標識。





taka shofukuro-18.jpg
招福楼の女将 中村恭子さん(左)永見隆幸先生(右)

中村恭子さんは 招福楼四代目店主 中村成実 なかむら しげみ さんの奥様





永見隆幸 招福楼本店 訪問 建築庭園編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 招福楼本店 七宝の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-2
 ↑
Shofukuro Shippo-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 灯の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-3
 ↑
Shofukuro Tomoshibi-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 桂の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-6
 ↑
Shofukuro Katsura-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 訪問 懐石料理編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 平田雅哉を読む
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-01-06
 ↑
平田棟梁 数寄屋造 資料


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

招福楼 灯の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 [永見隆幸 建築]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、滋賀の八日市にある、日本を代表する茶懐石の名店「招福楼 しょうふくろう 灯 ともしび の間」を訪問されました。



taka shofukuro-7.jpg





招福楼は、明治元年=1868年創業の老舗で、千四百坪の敷地に六部屋という贅沢な造り。しかも、そのうちの、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間の四室は、平田雅哉棟梁の手になるものです。





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉
HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、料亭「招福楼」(八日市)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

※このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





HIRATA Masaya2.PNG
平田雅哉棟梁





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





灯の間 ともしびのま

平田棟梁が設計した部屋の中では、最も庭園眺望のよい座敷です。この座敷は、玄関に近い桂の間を寄付とし、前庭を露地として、庭に利休形手水桶を置くことにより、広間の茶室としても用いる事が出来るように造られています。





taka shofukuro-77 tomoshibi.jpg





taka shofukuro-78 tomoshibi.jpg





taka shofukuro-80 tomoshibi.jpg





taka shofukuro-81 tomoshibi.jpg





taka shofukuro-82 tomoshibi.jpg





taka shofukuro-83 tomoshibi.jpg





永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。芸術文化全般にわたり造詣が深いと申し上げてよいでしょう。





taka shofukuro-18.jpg
招福楼の女将 中村恭子さん(左)永見隆幸先生(右)

中村恭子さんは 招福楼四代目店主 中村成実 なかむら しげみ さんの奥様





永見隆幸 招福楼本店 訪問 建築庭園編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 招福楼本店 七宝の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-2
 ↑
Shofukuro Shippo-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 楽浪の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-5
 ↑
Shofukuro Sazanami-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 桂の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-6
 ↑
Shofukuro Katsura-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 訪問 懐石料理編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 平田雅哉を読む
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-01-06
 ↑
平田棟梁 数寄屋造 資料


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

招福楼 七宝の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 [永見隆幸 建築]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、滋賀の八日市にある、日本を代表する茶懐石の名店「招福楼 しょうふくろう 七宝 しっぽう の間」を訪問されました。



taka shofukuro-3.jpg





招福楼は、明治元年=1868年創業の老舗で、千四百坪の敷地に六部屋という贅沢な造り。しかも、そのうちの、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間の四室は、平田雅哉棟梁の手になるものです。





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉
HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、料亭「招福楼」(八日市)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

※このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





HIRATA Masaya2.PNG
平田雅哉棟梁





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





taka shofukuro-38.jpg
小階段を上ると大広間「七宝 しっぽう の間」





taka shofukuro-50.jpg





taka shofukuro-51.jpg
除災招福の軸


taka shofukuro-52.jpg
天神様に梅


taka shofukuro-53.jpg
如月 きさらぎ の 設 しつら え ~ 東風 こち 吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな(拾遺和歌集)春な忘れそ(大鏡 巻二/宝物集 ほうぶつしゅう





taka shofukuro-55.jpg


taka shofukuro-56.jpg


taka shofukuro-57.jpg


taka shofukuro-58.jpg


taka shofukuro-60.jpg





taka shofukuro-61.jpg
七宝の間 南側の格子は幅よりも奥行が深く視野が狭くなります。





taka shofukuro-62.jpg
アクリル板を通すところが平田棟梁ならではの意匠


taka shofukuro-63.jpg





taka shofukuro-65.jpg
七宝の間 南側の池園は 招福楼初代と二代目の合作


taka shofukuro-66.jpg


taka shofukuro-67.jpg





taka shofukuro-68.jpg
格子の向うの眺望


taka shofukuro-70.jpg





taka shofukuro-71.jpg
七宝の間 北側


taka shofukuro-72.jpg





taka shofukuro-73.jpg
大広間「七宝の間」北側の庭園は、当代による作庭で、枯山水「州浜」。右手奥に見えるのが茶室「半庵」。


taka shofukuro-75.jpg





taka shofukuro-76.jpg
美観を損ねる事の無い 風情のあるストーヴ





永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。芸術文化全般にわたり造詣が深いと申し上げてよいでしょう。





taka shofukuro-18.jpg
招福楼の女将 中村恭子さん(左)永見隆幸先生(右)

中村恭子さんは 招福楼四代目店主 中村成実 なかむら しげみ さんの奥様





永見隆幸 招福楼本店 訪問 建築庭園編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 招福楼本店 灯の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-3
 ↑
Shofukuro Tomoshibi-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 楽浪の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-5
 ↑
Shofukuro Sazanami-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 桂の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-6
 ↑
Shofukuro Katsura-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 訪問 懐石料理編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 平田雅哉を読む
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-01-06
 ↑
平田棟梁 数寄屋造 資料


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

招福楼本店 八日市 永見隆幸 訪問 平田雅哉 建築 庭園 [永見隆幸 建築]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、滋賀の八日市にある、日本を代表する茶懐石の名店「招福楼 しょうふくろう」を訪問されました。



taka shofukuro-1.jpg


taka shofukuro-2.jpg
派手さの全くない 簡素ながら趣のある看板


taka shofukuro-3.jpg

あたか も参道の如き 美事な玄関への導入路


taka shofukuro-5.jpg


taka shofukuro-6.jpg





taka shofukuro-8.jpg
門前の大生垣は、隣接の建物を美しく遮蔽 しゃへい し、右手に覗 のぞ く茶室「半庵」の屋根から 玄関へと誘 いざな ってくれます。





taka shofukuro-10.jpg
冠木門 かぶきもん の奥にある梅が見頃を迎えていますが、二月故に、手前の桜はまだこれから。





taka shofukuro-11.jpg





taka shofukuro-12.jpg
美事な梅の古木


taka shofukuro-15.jpg


taka shofukuro-16.jpg





taka shofukuro-17.jpg
女将の出迎えを受けられる永見先生


taka shofukuro-18.jpg
招福楼の女将 中村恭子さん(左)永見隆幸先生(右)

中村恭子さんは 招福楼四代目店主 中村成実 なかむら しげみ さんの奥様





taka shofukuro-20.jpg
招福楼 玄関の衝立


taka shofukuro-21.jpg





taka shofukuro-22.jpg
長廊下





先ずは御庭を拝見


taka shofukuro-23.jpg
渡廊下


taka shofukuro-25.jpg





古木、銘石、蹲踞 つくばい、燈籠 とうろう など、見所が沢山





taka shofukuro-26.jpg





taka shofukuro-27.jpg





taka shofukuro-28.jpg





taka shofukuro-30.jpg


taka shofukuro-31.jpg


taka shofukuro-32.jpg
如月 きさらぎ の 名残雪 なごりゆき





taka shofukuro-33.jpg





taka shofukuro-35.jpg


taka shofukuro-36.jpg


taka shofukuro-37.jpg





招福楼は、明治元年=1868年創業の老舗で、千四百坪の敷地に六部屋という贅沢な造り。しかも、そのうちの、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間の四室は、平田雅哉棟梁の手になるものです。





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉
HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、料亭「招福楼」(八日市)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

※このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





HIRATA Masaya2.PNG
平田雅哉棟梁





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





平田雅哉棟梁の手掛けた、招福楼本店、七宝 しっぽう の間、灯 ともしび の間、楽浪 さざなみ の間、桂 かつら の間、四室については、改めて記事をアップします。

乞う御期待!





永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。芸術文化全般にわたり造詣が深いと申し上げてよいでしょう。





taka shofukuro-7.jpg





永見隆幸 招福楼本店 七宝の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-2
 ↑
Shofukuro Shippo-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 灯の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-3
 ↑
Shofukuro Tomoshibi-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 楽浪の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-5
 ↑
Shofukuro Sazanami-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 桂の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-30-6
 ↑
Shofukuro Katsura-no-ma


永見隆幸 招福楼本店 訪問 懐石料理編
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-03-31-1
 ↑
NAGAMI Takayuki visits Shofukuro


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 平田雅哉を読む
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-01-06
 ↑
平田棟梁 数寄屋造 資料


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

永見隆幸 平田雅哉を読む 数寄屋造 数寄屋大工 平田雅哉資料 [永見隆幸 建築]



永見隆幸先生が、音楽や舞台は言うまでもなく、美術にも通暁されていることはよく知られています。しかし、その範囲は、実に、建築や食文化にまで及ぶのです。

以前、永見先生にお借りした平田雅哉の『大工一代』について記事を書きましたが、そのほかの平田雅哉に関する資料も多数お持ちなので、改めて、お話を伺いました。



tak hirata masaya 7.jpg
『数寄屋造り 平田雅哉作品集』をご覧になる永見隆幸先生





hirata masaya pic..JPG
平田雅哉 HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、旅館「つるや」(芦原)、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「招福楼」(八日市)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。

このプロフィールは、永見先生のお話をもとに、ザ・ディライトフル・カンパニーのスタッフが纏めたものです。





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





hirata masaya1.jpg
竹中大工道具館 巡回展「数寄屋大工 ー美を創造する匠ー」SUKIYA CARPENTER:THE CREATOR OF BEAUTY 展覧会図録

この図録は、竹中大工道具館が開催した巡回展「数寄屋大工 ー美を創造する匠ー」の展覧会図録として作成されたものです。

永見先生によると、基本がしっかり押さえられていて、数寄屋造と数寄屋大工についてのあらましが上手く纏められている、とてもよい図録だそうです。展覧会も見応えのあるものだったそうですが、この図録は、作る側の視点や歴史もよく分り、数寄屋造の基礎を学ぶための恰好のテキストと言えるということです。



hirata masaya2.jpg
第3章 数寄屋大工列伝 ~名工が残したもの~ 標題のページを飾る写真は平田雅哉が製作した墨壺


hirata masaya3.jpg
平田雅哉のページ


hirata masaya5.jpg
写真は平田雅哉の『大工一代』


life carpenter 1961.jpg
平田雅哉『大工一代』昭和36年=1961年 初版(池田書店)


hirata masaya6.jpg
写真左上:映画『大工太平記』の建築現場で指導する平田雅哉
写真右上:映画『大工太平記」主演の森繁久彌と対談する平田雅哉
写真右中:映画『大工太平記』新聞広告(昭和四十年=1965年)
写真左下:平田雅哉の自刻像 self portrait statue
写真右下:平田雅哉の用いた大工道具


hirata masaya7.jpg
平田雅哉直筆の図面

これは写真資料で、残念ながら、原本と複写は存在しないそうです。





tak hirata masaya 1.jpg
図録「数寄屋大工 ー美を創造する匠ー」に目を通される永見先生





hirata masaya8.jpg
手前の三冊は『数寄屋造り 平田雅哉作品集』『続 数寄屋造り 平田雅哉作品集』『新 数寄屋造り 平田雅哉作品集』(写真:恒成一訓/毎日新聞社)


tak hirata masaya 2.jpg
茶室、料亭、旅館、住宅、寺院、教会など、数々の平田作品が、美しい写真と平面図や立面図で紹介されています。


hirata masaya10.jpg
本をカヴァーするパラフィン紙


tak hirata masaya 3.jpg



tak hirata masaya 5.jpg
令和元年に永見先生が ご訪問された大観荘の写真


hirata masaya11.jpg





永見先生から資料の解説をお聴きしているうちに、先生に対する、ある芸術家の批評が頭に浮かびました。


永見隆幸氏の芸術を受容する力は物凄い。ご本人が元々、鋭い感性、深い見識、豊かな知性を兼ね備えていて、その上に、あの取材の粘り強さだから、誰にも真似できないと思う。読む資料の量が凄まじく、現場へ何度も足を運び、現物を幾度も隈なく観察する。著作も、引用ばかりの無味乾燥なものは絶対に書かず、独自の文体があって、必ず身体性を帯びる。あそこまでやるから、何に関しても、本質にたどり着くことができるのだろう。





平田雅哉についても、『大工一代』『数寄屋造り 平田雅哉作品集』『続 数寄屋造り 平田雅哉作品集』『新 数寄屋造り 平田雅哉作品集』『数寄屋大工 ー美を創造する匠ー』など、殆どの資料を所有されています。そして実際に、大観荘、つるや、西村屋 平田館をはじめ、数々の平田作品に触れていらっしゃいます。
好きこそものの上手なれと言いますが、ここまで徹底していらっしゃる方は、そうは居ないでしょう。





tak hirata masaya 6.jpg





永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 大観荘 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2019-09-08-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Taikanso


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋 平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

大観荘 永見隆幸 訪問 平田雅哉 数寄屋造 熱海 静岡 [永見隆幸 建築]



永見隆幸先生が熱海の「大観荘」を訪れました。



tak taikanso taikan.JPG
大観荘「大観の間」にて寛がれる永見先生





大観荘は、女優の牧瀬里穂さんと俳優の八嶋智人さんが旅人としてナヴィゲイターを務める次の番組でも紹介されたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

BSasahi hyakunenmeike 202.jpg

BS朝日「百年名家」 ~ 築100年の家を訪ねる旅
2019年8月4日(日) 放送 #202
伝説的棟梁の造った名旅館 ~ 横山大観ゆかりの熱海「大観荘」





taikanso entrance.jpg
大観荘の玄関





大観荘の始まり ~ 中山悦治

中山製鋼所の創業者である中山悦治は、昭和13年=1938年に熱海の土地を所有しました。昭和15年=1940年、そこに中山の建てた別荘が熱海大観荘の始まりです。昭和23年=1948年7月、旅館として営業を開始。昭和31年=1956年に「政府登録国際観光旅館」の指定を受けています。



大観荘 名称の由来 ~ 横山大観

帝国美術院会員にして第一回の文化勲章を受賞し、近代日本画壇の巨匠と謳われた横山大観は、中山悦治と懇意でした。大観荘を気に入り、しばしば訪れては泊って、絵筆を執ることもありました。横山大観が宿泊した部屋は、現在も「大観の間」として残っています。中山悦治が旅館を開業するに当り、画伯の名を頂戴したいと申し出たところ、「この眺めは雄大であり、大観の名に相応しい」と、快諾したことが伝えられています。



大観荘の建築 ~ 平田雅哉

名匠、平田雅哉は数寄屋造りの第一人者。巨匠と称される村野藤吾でさえ傾倒した程の「建築の鬼」でした。平田棟梁ほど製図に力を入れた建築家はいないと言われ、大半の時間を製図と木彫に費やしています。平田雅哉と中山悦治の出会いは、平田棟梁が芦屋で中山悦治の本宅を手掛けた時、と言ってよいでしょう。施主に対してさえ、筋の通らぬ事は聞かず、世辞一つも言わぬ平田雅哉の姿勢は強く印象に残り、中山は、その後も数多くの仕事を任せました。その一つが熱海の別荘である大観荘。現在も別荘時代から残っている部屋は、本館の「大観の間」と「松風の間」です。



大観荘の庭園 ~ 龍居松之助

大観荘の庭園は、当初、中山悦治の手により作庭が進められていたのですが、完成間近にあった庭園を壊して龍居松之助の手に委ね、全てを新たに作り直す大工事を敢行しました。龍居松之助は、日本庭園協会、日本造園協会、日本造園士会設立などに参加し、我が国の「造園学」の草分けと言われる存在です。昭和33年=1958年、紫綬褒章を受賞しています。





tak junichi taikanso 5.JPG
大観荘代表 穂積純一 総支配人(左)と 永見先生(右)





HIRATA Masaya1.JPG
平田雅哉 HIRATA Masaya

明治33年(1900年)~昭和55年(1980年)
大阪の堺生れ。生涯で400にも上る建築を手掛け、数寄屋建築の名工としてその名を馳せた。藤原新三郎の下で修業し、後に事実上の後継者になる。大工として働きながら自ら図面を引いた。製図や彫刻にも堪能で、それらにも多くの時間を費やした故に、作品が数多く残されている。昭和の左甚五郎と謳われた。

平田雅哉が語り、内田克己によって聞き書きされた「工匠談義」が、「大阪手帖」に5年にわたり連載される。それを書籍化した『大工一代』(昭和36年=1961年/発行:池田書店)も大評判になって、『大工太平記』(昭和40年=1965年/制作:東宝/主演:森繁久弥)として映画化された。

書籍に、『数寄屋建築・平田雅哉作品集』(昭和43年=1968年/発行:創元社)、『数寄屋造り・平田雅哉作品集』(昭和47年=1972年/発行:毎日新聞社)、『床の間図集』(昭和50年=1975年/発行:創元社)、『数奇屋建築の技法 平田雅哉から平田建設へ』(昭和60年=1985年/編集:和風建築社)など。

主な建築作品に、旅館「大観荘」(熱海)、旅館「つるや」(芦原)、旅館「西村屋」(兵庫)、料亭「招福楼」(八日市)、料亭「吉兆」高麗橋本店(大阪)、料亭「雲月」(京都)、旅館「万亭」(和歌山)、西南院(高野山)、料亭「錦戸」(大阪)、料亭「洗心亭」(大阪)、朝香宮邸茶室「光華」(東京)、茶室「如意庵」(大徳寺)、茶室「松籟亭」(広島)、「万里荘」(大阪)、料亭「なか川」、料亭「わか松」、料亭「相生」、料亭「現長」、料亭「青雲」、旅館「福田」、川上神社茶室、源生寺、川端康成の常宿だった金森旅館、ほか。





丹下健三と並んで日本建築界の巨匠と称される村野藤吾が、初めて平田雅哉に会った時の印象を、エッセイ「最後の一人」で次のように述べています。


長い間の修練に耐えて自我を通してきた「大棟梁」の面影があった。その気骨は、金と権威に自らを捨てぬ 不屈の魂が躍如として、寄らば切らん の構えが感ぜられた。私は棟梁の向こう側に座った。瞬間、一言も言わないうちから この勝負は私が負けたと思った。





taikanso connecting passageway 3.JPG
大観荘 渡廊下



taikanso connecting passageway 1.jpg





taikanso chin azumaya.JPG
渡廊下の途中にある亭 ちん 四阿 あずまや





taikanso garden2.JPG





taikanso connecting passageway 2.JPG



taikanso connecting passageway 5.JPG





tak junichi taikanso 2.JPG
穂積 総支配人から丁寧な説明を受けられる永見先生


大棟梁と呼ばれる「伝説の名匠」平田雅哉は、生涯にわたって「大観荘」の増築と改築を重ねました。本館、渡廊下、階段、廊下、客室を巡ることで、平田棟梁の四十代から七十代にかけての変遷を鑑賞することができます。


tak junichi taikanso 1.JPG





taikanso corridor 1.JPG



tak taikanso corridor.JPG



taikanso corridor 2.JPG





taikanso corridor 6.JPG



taikanso corridor 5.JPG





taikanso staircase 1.JPG
左側に手摺のない階段



taikanso staircase 2.JPG





taikanso hirata masaya acrylic sticks 1.JPG
アクリルの円柱を均等に並べて立縞を形成する平田雅哉の意匠


taikanso hirata masaya acrylic sticks 2.JPG

ある種の流れと透明感と清涼感が生れます

taikanso hirata masaya acrylic sticks 3.JPG





taikanso hirata masaya work exhibition case.JPG
平田雅哉による木彫作品展示ケース

大観荘に着くまでの汽車の中で作品を彫ったと言われます。



taikanso hirata masaya wood carving 11.JPG
鯵の開きと煮干



taikanso hirata masaya wood carving 10.JPG
縁起物の犬張子



taikanso hirata masaya wood carving 1.JPG
河童 壱



taikanso hirata masaya wood carving 2.JPG
河童 弐



taikanso hirata masaya wood carving 3.JPG
河童 参



taikanso hirata masaya wood carving 7.JPG
狂言「棒縛」次郎冠者



taikanso hirata masaya wood carving 8.JPG
狂言「棒縛」太郎冠者



taikanso hirata masaya wood carving 5.JPG
能「猩々」猩々



taikanso hirata masaya wood carving 6.JPG
能「小鍛冶」稲荷明神の化身





taikanso main building.JPG
大観荘本館



tak taikanso main building garden 1.JPG



taikanso main building garden.JPG





taikanso dutch royal family visit commemoration.JPG

平成3年10月のオランダ王室ベアトリックス女王陛下とアレキサンダー皇太子殿下の来荘を記念して植えられた紅梅

tak taikanso dutch royal family visit commemoration.JPG





taikanso garden1.JPG





taikanso garden connecting passageway 1.JPG



taikanso garden connecting passageway 3.JPG



tak taikanso  connecting passageway.JPG




taikanso garden connecting passageway 2.JPG





tak taikanso garden 1.JPG



taikanso garden connecting passageway 8.JPG



tak taikanso garden 2.JPG





taikanso garden connecting passageway 7.JPG



taikanso garden connecting passageway 6.JPG



tak taikanso main building garden 2.JPG





tak junichi taikanso 3.JPG
平田雅哉について語る永見先生と穂積総支配人





大観の間で寛がれる永見先生


tak taikanso taikan 2.JPG



tak taikanso taikan 1.JPG



tak taikanso taikan 3.JPG





松風の間で寛がれる永見先生


tak taikanso matsukaze 2.JPG



tak taikanso matsukaze 1.JPG



tak taikanso matsukaze 3.JPG





永見先生に、大観荘について伺いました。


大観荘は、和の心を基本にした持て成しの宿。ゆったりと寛ぐことのできる純和風旅館です。
料理も、吟味した旬の素材が用いられ、温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに、いただく事ができました。
これだけの構えですと、否応なく泊まる者の品位や人格も試される事になります。しかし、「一期一会と不易流行を軸にして、愛され続けられるよう、研鑚を重ねる事を心がけている」との評判に違わず、寧ろ、豊かなホスピタリティを感じ、感銘を受けました。
建物の維持管理だけでも相当なご苦労をなさっていることが偲ばれます。
浮世の喧騒から離れ、人間性を恢復させる本物の寛ぎがここにはあります。上下関係に陥りがちなサーヴィスではなく、主客同一のホスピタリティを求める方には、強くお勧めしたい旅館です。





taikanso entrance night-view.jpg





いつものことながら、音楽や舞台は言うまでもなく、美術や建築に至るまで、芸術文化全般に対する永見先生の造詣の深さには、頭が下がります。

それはともかく… 次は是非お供をお命じください!





永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 西村屋平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

つるや 大観の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 数寄屋造 越前 芦原  [永見隆幸 建築]



永見隆幸先生が越前芦原の「つるや 大観の間」を訪れました。



takas taikan2.JPG



takas taikan entrance.JPG



つるやは、明治17年=1884年に開業。現在の本館は、数奇屋造りの名棟梁である平田雅哉の設計施工によるもので、茶室風、料亭風の、趣ある建物。各部屋の造りが全て異っていることでも知られる。



takas taikan3.JPG





takas taikan stairs2.JPG
部屋の中に階段

takas taikan stairs1.JPG





takas okami taikan2.JPG
つるやの女将 平山佳子さん と 永見先生





takas taikan6.JPG





takas taikan7.JPG





takas taikan5.JPG





takas tea ceremony room.JPG
「大観の間」の茶室で寛がれる永見先生





takas taikan open-air spring bath 3.JPG
内湯から見る「大観の間」の専用露天風呂


takas taikan open-air spring bath 1.JPG
源泉かけ流し


takas taikan open-air spring bath 2.JPG





takas taikan corridor.JPG
廊下から見た「大観の間」


taikan corridor.JPG





takac taikan 3.JPG
飾障子窓





takac taikan 2.JPG





takac taikan 1.JPG





takas okami taikan1.JPG
永見先生と女将





takac taikan 8.JPG





takac taikan 5.JPG



taikan 1.JPG





takac taikan 6.JPG
手摺に腰掛けていると見せて 実は中腰で腰掛けていない永見先生



taikan 2.JPG



taikan 3.JPG





takac taikan 7.JPG



taikan 6.JPG



taikan 5.JPG



taikan 7.JPG





takac taikan kangetsu 2.JPG
「観月の間」の月見台から見た「大観の間」



takac taikan kangetsu 1.JPG





永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 つるや観月の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-2
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Kangetsu


永見隆幸 つるや吉兆の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Kiccho


永見隆幸 つるや万代の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16-2
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Bandai


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 西村屋平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

つるや 観月の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 数寄屋造 越前 芦原  [永見隆幸 建築]



永見隆幸先生が越前芦原の「つるや 観月の間」を訪れました。



takac kangetsu entrance.JPG



takas kangetsu entrance.JPG



つるやは、明治17年=1884年に開業。現在の本館は、数奇屋造りの名棟梁である平田雅哉の設計施工によるもので、茶室風、料亭風の、趣ある建物。各部屋の造りが全て異っていることでも知られる。





takac kangetsu2.JPG
観月の玄関脇の窓から見る景色
向うには大観の間


kangetsu 3.JPG





takas kangetsu1.JPG





takas kangetsu2.JPG



takas kangetsu3.JPG





takas kangetsu5.JPG



takas kangetsu6.JPG





takas kangetsu7.JPG





takac kangetu open-air spring bath 1.JPG
観月専用の露天風呂


kangetu open-air spring bath.JPG
源泉かけ流し


takac kangetu open-air spring bath 2.JPG





kangetsu corridor.JPG
廊下から見る観月の間





takac kangetsu1.JPG
観月の庭


kangetsu 2.JPG


kangetsu 1.JPG





kangetsu taikan1.JPG
観月の月見台
手摺は栗の木で名栗仕上



kangetsu taikan2.JPG
向うには大観の間



kangetsu taikan3.JPG





永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 つるや大観の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-3
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Taikan


永見隆幸 つるや吉兆の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-1
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Kiccho


永見隆幸 つるや万代の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16-2
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Bandai


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 西村屋平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

つるや 吉兆の間 永見隆幸 訪問 平田雅哉 数寄屋造 越前 芦原  [永見隆幸 建築]



永見隆幸先生が越前芦原の「つるや 吉兆の間」を訪れました。


つるやは、明治17年=1884年に開業。現在の本館は、数奇屋造りの名棟梁である平田雅哉の設計施工によるもので、茶室風、料亭風の、趣ある建物。各部屋の造りが全て異っていることでも知られる。



kiccho entrance1.JPG





kiccho 1.JPG





kiccho 2.JPG





kiccho 5.jpg





kiccho 3.JPG





kiccho alcove tokonoma.JPG





kiccho entrance2.JPG





永見隆幸 つるや 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya


永見隆幸 つるや大観の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-3
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Taikan


永見隆幸 つるや観月の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-17-2
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Kangetsu


永見隆幸 つるや万代の間 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2019-07-16-2
 ↑
Takayuki NAGAMI visits Tsuruya Bandai


永見隆幸 平田雅哉『大工一代』を読む
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-05
 ↑
HIRATA Masaya "Life Carpenter"


永見隆幸 西村屋平田館 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.so-net.ne.jp/2018-07-18
 ↑
Tak NAGAMI visits Nishimuraya Hiratakan


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
 ↓
http://merry-uta.blog.so-net.ne.jp/2016-12-11
 ↑
This is Takayuki NAGAMI!


永見隆幸オフィシャル・ウェブサイト ♬
 ↓
http://www.nagamitakayuki.com/
 ↑
NAGAMI Takayuki official website ♬


ディライトフル・グループ HP
 ↓
http://www.delightful-group.com/
 ↑
Delightful Group HP


ザ・ディライトフル・カンパニー社長ご挨拶
 ↓
https://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-28
 ↑
TDC president greetings


メリーのブログ管理人ご挨拶
 ↓
http://merry2.blog.so-net.ne.jp/2018-01-30
 ↑
MAC Website Manager

前の10件 | - 永見隆幸 建築 ブログトップ