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ミキモト MIKIMOTO 本店 永見隆幸 再訪 東京 銀座 [永見隆幸先生information]



音楽家、著作家、舞台ディレクター、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー芸術監督の 永見隆幸先生が 東京 銀座にある宝飾店 ミキモト MIKIMOTO を再訪されました。



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宝飾店大手 ミキモト MIKIMOTO は、真珠の販売で世界一のシェアを誇ります。宮内省御用達。





【ミキモト MIKIMOTO 略年表】


1893年=明治二十六年:御木本幸吉翁が世界初の半円真珠養殖に成功。

1899年=明治三十二年:京橋区弥左衛門町に御木本真珠店を開店。

1902年=明治三十五年:御木本真珠店を京橋区元数寄屋町に移転。

1905年=明治三十八年:真円真珠の養殖に成功。

1906年=明治三十九年:御木本真珠店を京橋区銀座四丁目に移転。

1913年=明治四十三年:ロンドン支店を開設。

1921年=大正十年:宝石卸売業者組合が、フィガロ Le Figaro、ル・タン Le Temps、ル・マタン Le Matin、ル・ジュルナル Le journal 四紙に「ミキモトの真珠は模造品で販売が詐欺に当る」旨の広告記事を掲載。

1924年=大正十三年:原告の御木本パリ支店長ポールが「パリ真珠裁判」に勝訴。
御木本の真珠が人造偽物という情報の流布が準不法行為に当り、原告に損害を発生させたと認定された。
宝石卸売業者組合と代表者トロエンに、連帯して有罪判決が下されている。
被告に、本訴訟の費用、フィガロ、ル・タン、ル・マタン、ル・ジュルナル四紙および宝石卸業者組合の会報に本判決を掲載する費用、それらの支払いを損害賠償の名目で命じられた。
本判決においては、件 くだん の養殖真珠が厳密に天然真珠と同じか否かの判断を保留しているものの、「当該分野の自然科学者やそのほかの専門研究者の間では、いかなる者も日本真珠を模造真珠と形容することは許されないという合意が形成されている。」と述べられている。

1926年=大正十三年:ペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された米国独立150周年記念万国博覧会に、1万2760個の養殖真珠を配 あしら った「御木本五重塔」を出品。

1933年=昭和八年:シカゴ万国博に「ワシントン生家」を出品。

1937年=昭和十二年:パリ万博に帯留「矢車」を出品。

1939年=昭和十四年:ニューヨーク万国博覧会に「自由の鐘」を出品。

1951年=昭和二十六年:三重県鳥羽市に御木本真珠島を開業。

1954年=昭和二十九年:創業者 御木本幸吉翁 逝去。

1972年=昭和四十七年:ミキモトへ社名改称。

2002年=平成十四年~2007年=平成十九年:ミス・ユニバースのメイン・スポンサーを務め、ミキモト製の王冠 パール・クラウン が用いられている。

2017年=平成二十九年:銀座のミキモト本店ビル建替えグランド・オープン。


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ニューヨーク万国博覧会に出品された「自由の鐘」と御木本幸吉翁(右)


現在、ミキモト MIKIMOTO は、東京、大阪、名古屋、神戸、鳥羽ほかに事務所を構え、ニューヨーク、コスタメサ、ラスベガス、ビバリーヒルズ、パリ、ロンドン、上海、北京、マカオ、香港、台北、バンコク、シンガポールなどに海外店舗を展開しています。





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永見隆幸先生とミキモト初代 御木本幸吉翁の胸像


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御木本幸吉 みきもと こうきち

世界で初めて真珠の養殖に成功し、真珠王と謳 うた われた。


1858年3月10日=安政五年一月二十五日、志摩国答志郡鳥羽城下大里町に生れる。幼名、吉松。

1878年=明治十一年、二十歳にして家督を相続、御木本幸吉と改称。

1880年=明治十三年、鳥羽町議会議員に選ばれる。幸吉、二十二歳。

1890年=明治二十三年、数学者、和算家、海軍少将、元老院議官、貴族院議員、錦鶏間祗候 きんけいのま しこう であった大日本水産会の 柳楢悦 やなぎ ならよし の紹介で、東京帝国大学の箕作佳吉と岸上謙吉を訪ね、学理的に養殖が可能なことを知り、両人の指導のもと、現在のミキモト真珠島である相島 おじま と 神明浦の二箇所で実験を開始。幸吉、三十二歳。

1893年=明治二十六年、初めて世界博覧会に天然真珠および真珠貝を出品。実験中のアコヤ貝の中に半円真珠の付着を発見。幸吉、三十五歳。

1896年=明治二十九年、所謂 いわゆる 半円真珠の特許と言われる特許第2670号 真珠素質被着法の特許を取得。

1898年=明治三十一年、明治大帝に厳選真珠五個を献上。

1905年=明治三十八年、真円真珠の養殖に成功。明治大帝が神宮(伊勢)に行幸あそばされた砌 みぎり、山田行在所にて拝謁の栄誉を与えられる。幸吉、四十七歳。

1906年=明治三十九年、緑綬褒章 受章。この年から毎年、宮内省調度寮より御用命を承る。幸吉、四十八歳。

1907年=明治四十年、明治大帝へ真円真珠の中から十二個を選んで献上。 特許第13673号 真珠素質被着法の特許を取得。

1911年=明治四十四年、昭憲皇太后陛下が二見浦にて養殖真珠採取を御覧あそばされる。

1916年=大正五年、特許第3002号 真珠素質被着法の特許を取得。

1918年=大正七年、全巻式と呼ばれる真円真珠の養殖技術完成、特許第33640号取得。

1920年=大正九年、多徳島郵便局 局長になる。幸吉、六十二歳。

1923年=大正十二年、昭和大帝が皇太子殿下であらせられた頃、ご成婚に際して皇太子妃殿下の洋装身具一切の御用命を承る。幸吉、六十五歳

1924年=大正十三年、母貝が子貝を生育てるための「仔蟲 しちゅう 被着器」の特許33640号外を取得。貴族院議員に互選される。宮内省御用達になる。幸吉、六十六歳

1926年=大正十五年、帝国発明協会より恩賜記念賞、名誉大賞牌を受ける。幸吉、六十八歳。

1927年=昭和二年、渋沢栄一の紹介状を携え、ニューヨーク郊外に住む発明王トーマス・エジソン Thomas Alva Edison の自宅を訪ねる。この会見における「自分に出来なかったものが2つだけある。一つはダイヤモンド、もう一つは真珠。貴方が動物学上不可能とされていた真珠を発明し、完成させたことは、まさに世界の驚異。」というエジソンの賛辞を、ニューヨーク・タイムズが取上げた。
勲四等瑞宝章 受章。幸吉、六十九歳。

1928年=昭和三年、秩父宮殿下ご婚儀に際して調度品制作。幸吉、七十歳。

1930年昭和五年、宮中晩餐会に発明家として招待される。高松宮殿下ご婚儀に際して調度品制作。幸吉、七十二歳。

1932年=昭和七年、伏見宮博義王殿下、真珠島に御成り。

1933年=昭和八年、秩父宮擁仁親王殿下、五ケ所養殖場に御成り。

1935年=昭和十年、東久邇聡子内親王殿下、多徳島に御成り。

1936年=昭和十一年、秩父宮殿下御夫妻、英国王戴冠式へ御成りに際し、冠と胸飾りの御用命を承る。

1937年=昭和十二年、貞明皇太后陛下、真珠島、鳥羽御木本邸へ行啓あそばされる。秩父宮殿下ご夫妻、多徳島へ御成り。幸吉、七十九歳。

1941年=昭和十六年、昭和大帝の母君にあらせられる貞明皇太后陛下より杖一杖を賜る。幸吉、八十三歳。

1947年=昭和二十二年、文部省発行 小学五年 国語 に掲載される。文部省発行 小学六年 科学 に掲載される。幸吉、八十九歳。

1949年=昭和二十四年、義宮殿下、多徳養殖場に御成り。三笠宮殿下、鳥羽御木本邸に御成り。中日文化賞を、真珠養殖事業による国際親善に対して受賞。幸吉、九十一歳。

1951年=昭和二十六年、昭和大帝 香淳皇后陛下が志摩の多徳 たとく 養殖場へ行幸啓あそばされた折、貞明皇后陛下より下賜された杖を持って桟橋までお出迎えする。幸吉、九十三歳。

1952年=昭和二十七年、高松宮殿下御夫妻、真珠島に御成り。幸吉、九十四歳。

1953年=昭和二十八年、当時皇太子殿下にあらせられた今上陛下が真珠島に行幸あそばされる。義宮殿下、真珠島に御成り。幸吉、九十五歳。

1954年=昭和二十九年、9月21日、逝去。享年九十六歳。
天皇皇后両陛下より金一封を賜る。
正四位勲一等に叙せられ、瑞宝章が贈られる。
戒名、真寿院殿玉誉幸道無二大居士。
御木本幸吉の出資と助言により建てられ、国の登録有形文化財に指定された鳥羽小学校校舎にて葬儀が営まれた。





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ミキモトのパール・クラウン(ミキモト真珠島 真珠博物館 蔵)

左:ミキモト・パール・クラウン 昭和五十三年=1978年制作 真珠872粒使用

右:ミキモト・パール・クラウンⅡ世 昭和五十四年=1979年制作 真珠796粒使用





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何処へ いらっしゃっても VIP待遇の永見先生


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