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うなぎ小福 湯島 橘右之吉 永見隆幸 名刺 色紙 完成 [永見隆幸& UNOS]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの永見隆幸先生が、橘流書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉さんのお招きを受け、湯島 うなぎ 小福 にて食事を共にされました。



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橘右之吉師匠(右)師匠の奥様(左)





橘右之吉
TACHIBANA Unokichi


橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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湯島うなぎ小福





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鰻が美味しいのは言うまでもありませんが、それ以外の料理も、頗 すこぶ る美味だそうです。この日、永見先生は、鰻長焼、鰻白焼、等々たくさんの料理を堪能されました。





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牛蒡 ごぼう に 鰻 うなぎ を巻いた八幡巻 やわたまき は、柔らかい牛蒡と蕩 とろ ける鰻で、小福の人気メニュー!





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こちらも小福名物の鰻冊 うざく。絶品だそうです。





ゆしま小福は、落語家として初の人間国宝になった五代目柳家小さん師匠が ご贔屓だった事でもよく知られています。





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五代目柳家小さん師匠 ~ DVD「五代目柳家小さん 落語傑作選 其の一」表紙





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入口に掛けてある小さん師匠の直筆画


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ある日、小さん師匠が小福に丼 どんぶり を持込み、うな重を、重箱じゃなくて、これで食べたいと仰 おっしゃ ったそうです。何故かと訊ねると、「重箱の隅 すみ を突 つつ きたくねぇ」と、言ったとか言わないとか…

実際は、お歳を召して重箱では食べ難くなったからだそうです。今では、小さん師匠がお使いになった大切な丼として、小福の二階で展示されています。





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小さん師匠の丼





実は、永見先生の名刺や色紙が出来上り、右之吉師匠から連絡をいただいたので、上野まで受取に伺うと申し上げたら、食事にお誘いくださったそうです。





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右之吉師匠に書いていただいた色紙 ~ この色紙については、後日、記事を別途アップします!





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二種類の名刺を手にする永見先生


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名刺に用いる紙の選定は、右之吉師匠にお任せしたそうです。

師匠がお選びになったのは、黒谷和紙。八百年以上続く伝統の手漉きの技が守り継がれ、一枚一枚全て職人の手仕事で作られるのが黒谷和紙です。特長は、丈夫で長持ち、長期の保存にも耐えられるので、文化財の修復などにも使われるのだとか。京都の二条城では障子として、フランスのルーブル美術館では修復用紙として使われています。アメリカの画家ジャスパー・ジョーンズなど多くの芸術家に用いられていることでも知られる黒谷和紙は、京都府無形文化財に指定されました。





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永見先生がお持ちになっているのは住所シール


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プレゼントも頂戴しました!





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コロナ退散英語版シール(左)コロナ退散千社札 せんしゃふだ(右)


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永見隆幸(左)
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
美術にも造詣が深く、「目利き めきき」「見巧者 みごうしゃ」と謳われている。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director 芸術監督、東京二期会 会員、ほか。





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何と、その上、お土産までいただいて、永見先生、たいへん恐縮していらっしゃいました。


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右之吉師匠は、仕事がよくって、気風 きっぷ もよくって、そのうえ「粋 いき」ときてんだから言うことナシ、江戸っ子の中の江戸っ子と、永見先生激賞!





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橘右之吉師匠の奥様





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橘右之吉師匠





橘右之吉 蘇民将来木札 表札 納品 品川
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-04-03-1
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永見隆幸 ザ・ディライトフル・カンパニー


橘右之吉 坂井智雄 益田大祐 大看板 納品
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-10-31
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永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー


橘右之吉 大看板 納品 品川
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-02-25-1
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永見隆幸 ザ・ディライトフル・カンパニー


橘右之吉 永見隆幸の招木 揮毫 完成
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-07-09
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永見隆幸 橘右之吉 UNOS 訪問


橘右之吉 永見隆幸の消し札 揮毫 制作
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-08-01-2
 ↑
永見隆幸 橘右之吉 UNOS 訪問


橘右之吉 千社札 揮毫 制作
ザ・ディライトフル・カンパニー
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https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-07-17-3
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TACHIBANA Unokichi senshafuda


橘右之吉 大入袋 揮毫 制作
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-06-05
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TACHIBANA Unokichi


橘右之吉 COVID-19侵入禁止
公家悪シール 贈物 永見隆幸
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https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2021-02-22
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TACHIBANA Unokichi


永見隆幸 橘右之吉 再訪 うのす UNOS
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https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-09-22
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橘右之吉 書籍 サイン


橘右之吉 UNOS
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TACHIBANA Unokichi


永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
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This is Takayuki NAGAMI


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橘右之吉 坂井智雄 益田大祐 蘇民将来木札 表札 納品 ザ・ディライトフル・カンパニー 永見隆幸 再訪 品川 [永見隆幸& UNOS]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が依頼された 永見家の表札と蘇民将来 そみんしょうらい 木札が出来上りました!


橘流書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉 たちばなうのきち さんが、福善堂坂井看板店四代目の坂井智雄 さかいともお さんと指物益田ご主人の益田大祐 ますだ だいすけ さんとご一緒に、東京のザ・ディライトフル・カンパニー品川事務所まで、永見先生を訪ねて納品にお越しくださいました。



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蘇民將徠 そみんしょうらい 木札を手に持つ永見隆幸先生(左)永見家の表札を手にする橘右之吉師匠(右)





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何やら真剣に立話をなさる永見先生と右之吉師匠


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お掛けくださるようにお勧めしたのですが…


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ようや く座って打合せをなさる右之吉師匠と永見先生


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何の打合せでしょう… 興味津々…


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熱心に資料をご覧になる永見先生と右之吉師匠


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何と永見先生の業務用の住所シールらしく…


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こちらは永見先生の御名刺のようで…


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下書を凝視なさる永見先生


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身振り手振りを交 まじ えて意見を交 かわ される永見先生と右之吉師匠


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業務用の名刺や住所シールなどの制作についてのお打合せだったようです。





愈々 いよいよ 蘇民將徠 そみんしょうらい 木札の登場





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もう既に御機嫌の永見先生と丁寧に箱を取出す右之吉師匠


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ディライトフル・グループも永見先生に便乗して蘇民將徠木札を お願いしてしまいました ♬


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遂に永見家の表札登場!


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燦然 さんぜん と金色 こんじき に輝く永見家定紋「五瓜に花菱 ごかにはなびし


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実を言いますと、永見先生が注文なさった表札は、手前に見える黒一色のものでした。金の家紋入の表札は、何と、橘右之吉師匠と坂井智雄さんと益田大祐さんから永見隆幸先生へのプレゼント!
このビッグ・サプライズには、流石の永見先生も、一瞬、言葉を失い、感激しておられました。
実際に永見家の玄関に掲げられる表札は、贈られた金の家紋入の表札に決ったそうです ♬

橘右之吉師匠と永見隆幸先生の交友関係の根っこにあるものは、まさに江戸っ子の心意気と申しましょうか、滅法 めっぽう いき で、本当に羨ましい限りです。





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永見家表札を丁寧に仕舞われる橘右之吉師匠


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蘇民將徠子孫家門 そみんしょうらいしそんのかもん
七難卽滅 しちなんそくめつ 七福卽生 しちふくそくしょう


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喼急如律令 きゅうきゅうにょりつりょう
九字紋 道満:向って左
五芒星 清明:向って右





ここで永見隆幸先生に蘇民将来の木札についてお伺いすることに致します。



スタッフ:
蘇民将来とは何ですか。

永見先生:
蘇民将来は、日本各地に存在する伝説で、疫病除けの守護神や除災厄除招福の神としても信仰されています。
本当に様々な伝説があり、色々な御札や御守もあります。検索すると、意外に早く簡単に調べる事が出来ますので、興味のある方は是非「蘇民将来」で検索してみてください。


スタッフ:
蘇民将来の伝説で、よく知られているものを教えてくださいますか。

永見先生:
鎌倉時代に著された卜部兼方の『釈日本紀』七所引の『備後国風土記』逸文に疫隈国社 えのくまの くにつ やしろ の縁起として蘇民将来の記述が見られます。簡単な現代語訳もつけておきましょう。

昔、北の海に坐しし武塔の神、南の海の神の女子をよばひに出でまししに、日暮れぬ。彼の所に将来二人ありき。兄の蘇民将来は甚く貧窮しく、弟の将来は富饒みて、屋倉一百ありき。爰に、武塔の神、宿処を借りたまふに、惜みて借さず、兄の蘇民将来、借し奉りき。即ち、粟柄を以ちて座と為し、粟飯等を以ちて饗へ奉りき。爰に畢へて出でませる後に、年を経て、八柱のみ子を率て還り来て詔りたまひしく、「我、将来に報答為む。汝が子孫其の家にありや」と問ひたまひき。蘇民将来、答へて申ししく、「己が女子と斯の婦と侍ふ」と申しき。即ち詔りたまひしく、「茅の輪を以ちて、腰の上に着けしめよ」とのりたまひき。詔の随に着けしむるに、即夜に蘇民の女子一人を置きて、皆悉にころしほろぼしてき。即ち、詔りたまひしく、「吾は速須佐雄の神なり。後の世に疫気あらば、汝、蘇民将来の子孫と云ひて、茅の輪を以ちて腰に着けたる人は免れなむ」と詔りたまひき。
=備後国風土記逸文=

昔、北の海にましました武塔神 むとうのかみ と仰 おっしゃ る神様が南の海の神の娘に求婚なさりに行く途中で、日が暮れてしまいました。そこに住んでいたのが、蘇民将来 そみんしょうらい と巨旦将来 こたんしょうらい の兄弟二人です。兄の蘇民将来は、たいへん貧しかったのですが、弟の巨旦将来は、とても裕福で家と蔵が百ほどもありました。武塔神 むとうのかみ は、宿を借りたいと仰 おっしゃ いましたが、吝嗇家 りんしょくか の巨旦将来は、お泊めしませんでした。しかるに、兄の蘇民将来は、お泊めしたのです。栗殻を敷き詰めて座にし、栗飯を炊いて差上げ、貧しいながらも手厚くお持て成しをしました。
神様がお発ちになってから幾年か経ちました。八柱の神子 みこ を伴ってお戻りになられた神様が仰るには、「将来に報答 ほうとう するが、お前の子孫は、居るのか」と、お訊ねになりました。蘇民将来は、お答えして「私の娘と妻が居ります」と申し上げました。すると神様が「茅の輪 ちのわ を腰に着けさせなさい」と仰 おおせ られたので、仰 おっしゃ る通りに着けさせたところ、その夜に、蘇民の妻子を除き、皆を悉 ことごと く殺して滅ぼされました。
そして神様が宣 のたま うには「吾 われ は、速須佐雄 すさのお の神である。後の世に疫病が流行 はや っても、お前達、蘇民将来の子孫と言って茅の輪を腰につけた者は、疫病から免れるだろう」と仰ったのです。



スタッフ:
蘇民将来の木札は、いつ頃から存在していたのでしょうか。

永見先生:
現存する最古の蘇民将来の木札は、今のところ、延暦三年=784年から延暦十三年=794年まで都だった長岡京の条坊側溝(京都府長岡京市開田四丁目/長岡京右京六条条間南小路北側)で平成二年=1990年に出土した蘇民将来呪符木簡 そみんしょうらいじゅふもっかん とされています。木の札に、蘇民将来之子孫者 そみんしょうらいのしそんもの と墨で書かれており、呪符木簡に分類されます。寸法が、長さ2.7㎝、幅1.3㎝、厚さ0.2㎝ と、小さなものです。木簡の上部には紐を通す小さな穴が開けられ、首に下げて身に付ける御守だったのではないかと考えられています。表と裏、同様に蘇民将来之子孫者と記されているのは、御守としての札が裏返ってもよいように工夫した可能性が高いのではないでしょうか。木簡には木釘 きくぎ が打込まれたような痕があり、壁などに打付けて御札のようにも用いられたのではないかと見ることが出来ます。これらの事から、約千二百年の昔より除災厄除を祈る信仰が存在した最古の証左が、この木簡であるとも言われているのです。



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蘇民将来呪符木簡





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談笑する右之吉師匠と永見先生





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スタッフ:
蘇民將徠子孫家門 そみんしょうらいしそんのかもん の両側に記されている、七難卽滅 しちなんそくめつ と 七福卽生 しちふくそくしょう は、どのような意味ですか。

永見先生:
七難卽滅 しちなんそくめつ 七福卽生 しちふくそくしょう とは、七つの災難が忽 たちま ち消え去って七つの幸福が忽 たちま ち生れ来るという意味です。具体的に何を以て七難とするかは、仏教の経典によって異なります。


スタッフ:
蘇民將徠木札の裏に記されている「喼急如律令」の意味と読み方、その両側にある記号について教えてください。

永見先生:
喼急如律令は、「きゅうきゅうにょりつりょう」と読みます。中国の漢の時代、公文書の末尾に、急々に律令の如くに行え、つまり、法律に従って可及的速やかに実行せよという意味で書き添えた文言です。後に、呪文の終りに添える悪魔祓いの文言として、道家、陰陽師、祈祷僧などが用いました。呪符の力を強化するために、「修法せる呪符よ早く効け」という祈りを込めて記されるようにもなったのです。
縦棒四本横棒五本の記号は、九字紋 くじもん です。九字とは、道家が呪力を持つとした、臨兵闘者皆陣列在前の九つの漢字を指して言います。臨める兵、闘う者、皆、陣列をしいて前に在り。つまり、「神の軍勢が臨戦態勢で陣列を整えている故に勝ち目はないので早々に立去れ」という意味です。
星形の記号は、五芒星 ごぼうせい です。互いに交差する長さの等しい五本の線分で構成され、中心に五角形が現れる星形の図形です。五線星、星型正五角形などとも言います。陰陽道における五芒星は、木火土金水の五元素の働きの相克を表したもので、あらゆる魔除けの呪符とされました。


スタッフ:
どのような意図を以て蘇民將徠木札を橘右之吉師匠に制作依頼なさったのですか。

永見先生:
橘右之吉師匠に制作をお願いしたのは、一にかかって、右之吉師匠の書く文字が大好きで一等よいと確信しているからです。それに、既存の蘇民將徠木札には、正直に言って、満足できるものがありませんでしたので。
実家の表札は、端 はな から師匠にお願いするつもりでしたが、玄関の構造から、表札と対になるものが欲しいと思っていました。師匠に蘇民將徠木札を作って戴けば完璧だと考えたのです。
では何故、蘇民將徠木札なのかという問いについては、やはり、新型コロナ・ウイルスのパンデミックと無縁ではないとお答えすべきでしょう。
第一に、疫病の流行に成す術が無かった古 いにしえ の日本人が作り上げた祈りの形として、蘇民將徠木札は、実に美しいと感じていました。
勿論、科学も医学も知った現代人である自分は、この木札を掲げれば疫病から逃れられるとは信じていません。自分は、この伝説の核心が、因果応報の教訓や神様の怒りに対する恐怖などではなく、蘇民將徠の物語にあると捉えました。貧者が清廉だとは必ずしも言えませんが、蘇民將徠は、自分自身が貧しくとも困っている人を出来る限り持て成すという豊かな心の持ち主でした。疫病の流行は、多くの人々の生活を脅 おびや かします。そんな中で例え己が困難の渦中にあっても、自分だけが助かればよいというような偏狭な思考に囚われず、困っている人に思いを致し、お互い様の精神で助け合えば、よりよい形で乗切れるのではないでしょうか。生残るグループは、そういう人達の集団ではないかと思うのです。人間は、一人では生きられません。あまりにも独善的な思考や行動は、人間という種を脅 おびや かす要因にさえなり得ます。特に、疫病の流行などの有事には、そういう姿勢が強く求められると考えるのです。自分は、蘇民將徠の木札を、そんな思いで眺めています。





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橘右之吉師匠の文字、福善堂坂井智雄さんの彫り、益田大祐さんの飾脚 かざりあし、それぞれを味わい楽しみながら蘇民將徠木札を組立てられる永見隆幸先生。





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蘇民將徠木札について語り合う永見隆幸先生と橘右之吉師匠





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右之吉師匠が封筒から取出したるは…


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新型コロナ・ウィルスを公家悪に見立てたコロナ退散シール


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こちらのコロナ退散シールも永見先生へのプレゼント第二弾!


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右之吉師匠は、このコロナ退散シールの英語版 English version の作成も考えていらっしゃるそうで、永見先生と、そのお話もなさっておいででした。


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橘右之吉
TACHIBANA Unokichi


橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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左から、永見隆幸先生、橘右之吉さん、表札と蘇民將徠木札を彫ってくださった福善堂坂井看板店四代目の坂井智雄さん、表札と蘇民將徠の飾脚を拵えてくださった指物益田ご主人の益田大祐さん。

永見先生の後方左手にあるのは、橘右之吉師匠のご生家である浅草「宝船熊手よし田」の大熊手。ご覧になった坂井智雄さんが、これほど巨大な宝船熊手が実際に飾られているところを初めて見たと、驚いていらっしゃいました。





坂井智雄
SAKAI Tomoo

福善堂坂井看板店四代目。台東区優秀技能者に選ばれている。
福善堂坂井看板店は、大正十五年=1926年創業の老舗。福善堂の看板は、全て手彫で、額彫 がくぼり の手法を用いて字が蒲鉾のように盛上って見えるのが特長。看板彫刻刀たった一本で、見事な看板を彫上る。
手掛けた仕事は、日本橋三越の印の修復、花園饅頭や塩瀬総本家など老舗の看板、名だたる寺社の扁額、千社額、歌舞伎役者が襲名披露の際に用いる招木札、表札など。谷中銀座商店街全五十六店舗の看板製作にも携わった。
BSテレ東の「出没!アド街ック天国」や BS朝日「みらい遺産」などでも取上げられる。





益田大祐
MASUDA Daisuke

指物益田の主人である益田大祐は、家具製造会社に勤めていたが、江戸指物に触れて、精密機械のような精巧さを手仕事で作り出す凄さに魅せられ、江戸指物の名匠 渡辺昇の門を叩き、八年間、修行した。平成十七年=2005年に独立。
平成二十六年=2014年、『すみだマイスター』に認定される。平成二十七年=2015年、歌舞伎界の名門 中村芝翫丈「襲名の楽屋鏡台」を制作、平成二十八年=2016年には『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT』の東京の匠に選出されている。平成二十九年=2017年、イタリア国際見本市「HOMI」にて展示。『東京手仕事』に「名刺入」が認証される。平成三十年=2018年 国連茶会『Peace is・・・』にてスーツケースで持運べる茶室「ZEN-An禅庵」が用いられる。すみだモダン認証商品に「おとも箱」が選ばれた。そのほか、正座椅子 合曳 あいびき などが好評を得ている。





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永見隆幸(左)
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
美術にも造詣が深く、「目利き」「見巧者 みごうしゃ」と謳われている。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director 芸術監督、東京二期会 会員、ほか。





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橘右之吉 坂井智雄 益田大祐 大看板 納品
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橘右之吉 大看板 納品 品川
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坂井智雄 福善堂坂井看板店 大看板 納品 品川
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永見隆幸 ザ・ディライトフル・カンパニー


益田大祐 指物益田 大看板 納品 品川
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永見隆幸 ザ・ディライトフル・カンパニー


橘右之吉 永見隆幸の招木 揮毫 完成
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永見隆幸 橘右之吉 UNOS 訪問


橘右之吉 永見隆幸の消し札 揮毫 制作
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橘右之吉 千社札 揮毫 制作
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橘右之吉 COVID-19侵入禁止
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橘右之吉 大看板 納品 ザ・ディライトフル・カンパニー 永見隆幸 再訪 品川 坂井智雄 益田大祐 [永見隆幸& UNOS]




二枚目の大看板が完成、橘流書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉 たちばなうのきち さんが、福善堂坂井看板店四代目の坂井智雄 さかいともお さんと指物益田ご主人の益田大祐 ますだ だいすけ さんとご一緒に、東京のザ・ディライトフル・カンパニー品川事務所まで、永見隆幸先生を訪ねて納品にお越しくださいました。





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橘右之吉さん(左)永見隆幸先生(右)


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開運招福 千秋万歳





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橘右之吉師匠のご実家である 浅草 よし田さんの宝船熊手


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右之吉師匠に千疋屋のお土産を頂戴しました。師匠の千社札シールが貼ってあります。





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メリー・アーティスツ・カンパニーの大看板





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左から、永見先生、橘右之吉さん、坂井智雄さん、益田大祐さん。





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橘右之吉
TACHIBANA Unokichi


橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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永見隆幸(左)
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
美術にも造詣が深く、「目利き」「見巧者 みごうしゃ」と謳われている。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director、東京二期会 会員、ほか。





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橘右之吉 COVID-19侵入禁止 国崩し公家悪シール 戴物 永見隆幸 [永見隆幸& UNOS]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの 永見隆幸先生が、橘流書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉師匠から、新作シールを戴 いただ きました ♬



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新作シールを手にする永見先生





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橘右之吉師匠 直筆のご鄭重なる封書





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新型コロナウイルス感染症 COVID-19 の侵入を許さぬという強い思い、そして祈りや願いを込め、COVID-19 を国崩しの公家悪に見立てて作成された新作シール。



このシールが「有難いもの」という事は判りますが、国崩しとか公家悪とか、難しい言葉が理解出来ませんので、永見先生に伺いました。



スタッフ:
国崩 くにくず しとは何ですか。

永見先生:
歌舞伎の役柄の一つです。一国を転覆させて我物 わがもの にしようと企むような大悪人を指して言います。敵役 かたきやく の中でも取分け大物で、広く言えば実悪 じつあく の中にも入るとされますが、お家騒動の首謀者役と言えば判り易いかも知れません。さりながら、立派な芝居や眼力の凄みなどが求められ、舞台上でも見せ所が多く、概 おおむ ね、座頭 ざがしら 格や主役級の俳優が勤めます。
例えば、『新薄雪物語 しんうすゆきものがたり』の 秋月大膳 あきづきだいぜん、『祇園祭礼信仰記 ぎおんさいれいしんこうき 金閣寺』の 松永大膳 まつながだいぜん、『伽羅先代萩 めいぼくせんだいはぎ』の 仁木弾正 にっきだんじょう が、これに当ります。
白塗にして、鬘 まげ は、長い髪を垂らした「王子 おうじ」、仁木弾正の場合は伸びた月代 さかやき の「燕手 えんで」 を付け、見るからに太太 ふてぶて しく、しかも華やかさを纏 まと った役柄です。


スタッフ:
公家悪 くげあく とは何ですか。

永見先生:
これも歌舞伎の役柄の一つで、国崩しの一種とも言える敵役 かたきやく です。天皇の位を狙わんとする、身分の高い公家の役柄ですね。
これに当るのは、『菅原伝授手習鑑 すがわらでんじゅてならいかがみ』の 藤原時平 ふじわらのしへい や、『暫 しばらく』の 清原武衡 きよはらのたけひら、『妹背山婦女庭訓 いもせやまおんなていきん』の 蘇我入鹿 そがのいるか などです。
同じく、鬘は王子で白塗ですが、金冠を被り、白衣を纏い、青黛 せいたい で 公家荒 くげあれ という藍隈 あいぐま を取ります。高位の公家役ですから、額に位星 くらいぼし を付けます。藤原時平や清原武衡は、鬚鬘 かずらひげ も付けます。口の中は、悪の権化を表して、真っ赤。皇位簒奪 こういさんだつ を企 たくら むに相応 ふさわ しい、妖気 ようき 漂う身拵 みごしら えと言えましょう。





永見先生の歌舞伎観劇にお供をさせていただくと、大向うを掛けて楽しまれたり、歌舞伎について何でもよくご存知だったり、本当に造詣の深さに驚きます。





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同封されていた新作シール二種と角大師のシール(右)





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永見先生が依頼された「角大師こと慈恵大僧正の色紙」を手にする橘右之吉師匠


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橘右之吉師匠に揮毫していただいた「角大師こと慈恵大僧正の色紙」を手にする永見先生


角大師こと慈恵大僧正と本色紙については 次の記事を是非お読みください ♬


橘右之吉 角大師 揮毫
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慈恵大僧正良源





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橘右之吉 坂井智雄 益田大祐 大看板 納品 永見隆幸 ザ・ディライトフル・カンパニー 品川 うのす UNOS 福善堂坂井看板店 指物益田 [永見隆幸& UNOS]




橘流書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉 たちばなうのきち さん、福善堂坂井看板店四代目の坂井智雄 さかいともお さん、指物益田ご主人の益田大祐 ますだ だいすけ さんと、錚々 そうそう たる顔ぶれが集って、メリー・アーティスツ・カンパニー大看板の制作に携わってくださいました。この度、目出度く大看板が完成、わざわざ東京のザ・ディライトフル・カンパニー品川事務所まで納品にお越しくださいました。

新型コロナ感染症対策で、紫外線殺菌照射装置エアロシールド設置のための改修工事が完了したばかりでしたから、恰好のタイミングでした。





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メリー・アーティスツ・カンパニー 永見隆幸 芸術監督:看板左
橘流書家で江戸文字の大家 橘右之吉さん:看板右
福善堂坂井看板店四代目 坂井智雄さん:右
指物益田 主人 益田大祐さん:左

永見先生の身長が180㎝超ですから、看板の高さは、優に2mを超えているのが判ります。





誠に恐れ入りますが 「写真や画像やロゴ等の転載は厳禁」ですので ご了承ください。
Sorry but the reproduction of the photograph and the logotype is strictly forbidden.





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愈々搬入開始!

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細心の注意を払って階段を進むお二人

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右から、橘右之吉さん、坂井智雄さん、制作の加藤雅之、ザ・ディライトフル・カンパニー代表取締役 くまがや敏 社長、益田大祐さん。


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看板の本体を、一旦、壁に凭 もた せ掛けます。





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指物師の益田さんは何を持って来られたのでしょう?

看板彫刻師の坂井さんも ?!


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もうお判りですね!大看板の脚です ♬





大看板を、日本全国は言うまでもなく、海外にも持ち運べるように、右之吉師匠が、指物の仕事を益田さんに依頼してくださっていたのです。ですから、この大看板は、組立式であるにも拘らず、たいへん頑丈に出来ています。





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組立るところを熱心にご覧になる永見先生

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まだ何かありましたっけ?

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看板の屋根に当る入山を忘れてはなりません!

入山は、山の様に入る、つまり、大入りを招くと言われる縁起のよい意匠です。

こちらも、益田さんの見事な仕事によって、キッチリ嵌 はま り、その上、組立て易くバラシ易くなっています。見た目もご覧の通りの美しい仕上りです。


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大看板について解説してくださる橘右之吉師匠

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橘右之吉師匠くらいになると、完成ということ自体が、あり得ないのかもしれませんが、師匠のこの表情を拝見すれば、この大看板が快心の出来だったことを窺い知ることが出来ます。

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看板と脚の合体!

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丁寧に何度も状態を確認する坂井智雄さん

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入山を嵌めて組立て完了!

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この見事な大看板を作っていただくのに、数ヶ月という時間がかかっています。





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先ず、橘右之吉師匠の揮毫

永見先生は、江戸文字の中で、右之吉師匠の字が最もお好きだそうです。その理由としては、品位と風格があること。大らかさの中に繊細さが、力強さの中に柔らかさが、重厚さの中に軽 かろ みが感じられることだとおっしゃっています。





福善堂坂井看板店における大看板の仮組立と調整の模様





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デザイナーを志していらしたこともあったせいか、益田大祐さんは、指物師としての腕は言うまでもなく、アーティストとしての感性も持っていらっしゃると、永見先生が評しておられました。


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顔半分が覗いているのは 福善堂坂井看板店三代目の坂井保之 さかいやすゆき さん


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たった一本の彫刻刀で全てを彫って行かれます。この看板では、額彫 がくぼり と称して、蒲鉾 かまぼこ のように字を盛り上った状態に彫上げて行きます。彫師としての腕の確かさは勿論ですが、坂井智雄さんもまた、アーティストの感性をお持ちだと永見先生がおっしゃっていました。素人の遥かに及ばぬ世界だそうです。


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黒漆塗、赤漆塗、金箔貼まで、福善堂さんが受合ってくださいます。


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皆さんの力が結集して、かくも美事な大看板が出来上ったのです。





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一点の曇りも許せぬらしく、長い時間をかけて丹念に手入れをしていらっしゃいました。有難し!

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お二人の仕事振りに思わず笑みが零れる右之吉師匠

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右之吉師匠と談笑する永見先生





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終始 満面の笑みが絶えない右之吉師匠

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手入れも一段落して記念写真!





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取扱上の注意事項を説明する福善堂坂井看板店四代目の若旦那





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永見先生と談笑する右之吉師匠


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師匠は、あくまでも謙虚で真摯な姿勢を崩されません。


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このように立派な仕事をさせていただいて有難うございますとおっしゃる右之吉師匠。

永見先生の方が恐縮しておられました。


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橘右之吉
TACHIBANA Unokichi

橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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福善堂坂井看板店は、大正十五年=1926 年創業の老舗。福善堂の看板は、全て手彫で、額彫 がくぼり の手法を用いて字が蒲鉾のように盛上って見えるのが特長。看板彫刻刀たった一本で、見事な看板を彫上る。
手掛けた仕事は、日本橋三越の印の修復、花園饅頭、塩瀬総本家など老舗の看板、名だたる寺社の扁額、千社額、歌舞伎役者が襲名披露の際に用いる招木札、表札など。谷中銀座商店街全五十六店舗の看板にも携わった。
福善堂坂井看板店四代目の坂井智雄は、台東区優秀技能者に選ばれている。
BSテレ東の「出没!アド街ック天国」や BS朝日「みらい遺産」などでも取上げられた





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指物益田の主人である益田大祐は、家具製造会社に勤めていたが、江戸指物に触れて、精密機械のような精巧さを手仕事で作り出す凄さに魅せられ、江戸指物の名匠 渡辺昇の門を叩き、八年間、修行した。平成十七年=2005年に独立。
平成二十六年=2014年、『すみだマイスター』に認定される。平成二十七年=2015年、歌舞伎界の名門 中村芝翫丈「襲名の楽屋鏡台」を制作、平成二十八年=2016年には『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT』の東京の匠に選出されている。平成二十九年=2017年、イタリア国際見本市「HOMI」にて展示。『東京手仕事』に「名刺入」が認証される。平成三十年=2018年 国連茶会『Peace is・・・』にてスーツケースで持運べる茶室「ZEN-An禅庵」が用いられる。すみだモダン認証商品に「おとも箱」が選ばれた。そのほか、正座椅子 合曳 あいびき などが好評を得ている。





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橘右之吉師匠が、「もし、もう一つ同じ物をとご下命くださいましても、出来ません。先ず、これだけのよい檜 ひのき が手に入らないのです。」とおっしゃっていました。
数々の銘木屋を当り、樹齢幾百年で数十年寝かせた良材の中から、反 そり や歪 ひずみ のない素直な物を厳選してくださったそうです。これ以上に優れた檜 ひのき は、もう出ないでしょうとのこと。
その上、橘右之吉師匠の揮毫、坂井智雄さんの彫、益田大祐さんの指物です。

物凄いのが手に入りました ♬

我々の宝として、この看板を大切に扱う事は言うまでもなく、メリー・アーティスツ・カンパニーの一同、看板に恥じぬ舞台活動を展開して行く覚悟を新たに致しました!





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定礎 平成28年8月吉日
ザ・ディライトフル・カンパニー

施工者:
大和ハウス工業株式会社
株式会社 岡村製作所
株式会社 天童木工


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誠に恐れ入りますが 「写真や画像やロゴ等の転載は厳禁」ですので ご了承ください。
Sorry but the reproduction of the photograph and the logotype is strictly forbidden.





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橘右之吉 永見隆幸 再訪 うのす UNOS [永見隆幸& UNOS]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの永見隆幸先生が、橘流寄席文字書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉さんのアトリエ「うのす UNOS」を再訪されました。



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永見先生が招木 まねき を受取りに行かれた折に撮影された写真





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橘右之吉さんと真剣に対話される永見先生





何と、永見先生がお持ちになっている右之吉師匠の書籍に、サインをくださることに!





一口に、永見先生がお持ちになっている右之吉師匠に関する書籍と申しましても…



・彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館

・「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ

・monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年

・丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号

・山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版

・『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)

・福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)

・沢村貞子『私の浅草』(平凡社)

・『右之吉文字かたり』が連載されている月刊誌「銀座百点」一月号から今月号まで


等々、数え切れません!





永見先生は「取材の鬼」とも呼ばれていて、興味を持たれた方の作品を、穴の開くほど幾度もご覧になり、関係のある場所を足繁くお尋ねになり、関連書籍を出来るだけそのままの形で集められます。
書籍を手になさらなくても記事の切抜きで充分なのでは、と伺った事がありました。「切抜きでは、時代背景などが抜け落ちてしまいます。装丁 そうてい や同時に掲載されている諸々に目を通すだけでも、色々なものを読取ることが出来ます。」とのお答え。感服しました。そこまでしなければ本質は掴 つか めないんですね。いつもながら敬服の至りです。





右之吉師匠は、そんな沢山の本に、一つ一つ丁寧にサインなさり、落款を押して行かれます。


こういう所にも、師匠のお人柄が偲ばれます。





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落款を押される橘右之吉師匠


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粛々とサインや落款をくださる右之吉師匠の手元を、恐縮した面持で凝視なさる永見先生。


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右之吉師匠にサインと落款を頂戴して大喜びの永見先生 ♬

余談ながら、偶然ですが、永見先生の隣に置かれている鞄は、月刊誌「銀座百点」六月号『右之吉文字かたり』其之六『鞄』で取上げられた「銀座タニザワ」のブライドル・レザー Bridle Leather アタッシェ・ケース attaché case です。

永見先生は、右之吉師匠と、色んな所に ご縁があるんですね。





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橘右之吉師匠の写真が掲載されている荒井修著『浅草の勘三郎』に「修さんに悪いなぁ」とおっしゃりながらサインされる右之吉師匠

因みに、著者の荒井修さんは、老舗扇子店「荒井文扇堂」四代目店主で、右之吉師匠と親交があり、永見先生も、荒井文扇堂の扇子や投扇興道具をお持ちでいらっしゃいます。





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橘右之吉
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橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、「伝説の匠 - 第四十六回 橘右之吉」江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123 エー・アール・ティ、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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右之吉師匠が手にされているのは、『納札壱丁會會札集』1979~2015(昭和54年~平成27年)です。非売品の、たいへん貴重なもの。

あとがきにも、右之吉師匠ご自身が次のように述べていらっしゃいます。

 以前に「壱丁會会札をまとめた本の刊行を」との有難いお話もいただいたが、納札はいわば私的な自費出版物という、特殊な位置付けのため、一般販売を目的とする商業ベースの刊行に「ためらい」があり、しばらく立ち消えとなっていた。
 これが一転、出版という運びとなったのは、ひとつは「今、手を付けなければ、資料が散逸して難しくなるだろう」という、漠然とした危機感が後押ししたためと、ふたつには私的刊行で「一般販売はしない」という、こだわりが活かされたためにもよる。



何と、このように貴重な『納札壱丁會會札集』を 永見先生が頂戴する事になりました!



橘右之吉師匠の本質を掴もうとする永見先生の努力と誠意に対する贈り物なのかも知れませんね ♬





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お見せくださったのは、木版の千社札。千社札シールなどとは異なり、許可が得られれば、神社仏閣に貼ることの出来る正式な千社札です。何とも羨ましいことに、永見先生は、この千社札も頂戴しました。





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永見先生の招木 まねき が余りに素晴らしい出来なので思わず歓声を上げた我々ですが、橘右之吉師匠も共に喜んでくださいました。





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橘右之吉師匠の木版千社札





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和樂 2020年2/3月号

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江戸楽 edo-gaku 2019年7月号 No.123





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ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版 2013年8月号





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monoスペシャル 職人モノ No.2 ワールド・ムック851





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『納札壱丁會會札集』1979~2015(昭和54年~平成27年)

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橘右之吉師匠のサインは、江戸文字でなくても、迷いの無い達筆です。





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永見隆幸
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director、東京二期会 会員、ほか。





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橘右之吉 永見隆幸 消し札 揮毫 制作 [永見隆幸& UNOS]



橘流寄席文字書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉さんが、音楽家で著作家そして舞台ディレクターでもある永見隆幸先生の「消札 けしふだ」を揮毫、制作してくださいました。



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東京都文京区湯島にある 橘右之吉さん(左)のアトリエ「うのす UNOS」を訪問された永見先生(右)





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江戸っ子文化について熱心に語る橘右之吉さんと永見先生

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江戸文字、招木 まねき、消札 けしふだ、千社札 せんしゃふだ などは言うまでもなく、今や江戸文化や風俗を語れば右に出る者が無いと謳われる程の橘右之吉さん。永見先生も真剣な表情で、話が尽きません。





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お作りいただいた消札 けしふだ を早速ご披露くださる橘右之吉さん

特注品で欅 けやき の五寸超特大彫上消札 ほりあげ けしふだ 三種と 欅の四寸特大彫上消札


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〜 消札 けしふだ とは 〜

火事と喧嘩は江戸の華といわれた時代、火事の延焼を防いだ所に、町火消しが組名を記した札を掲げたのが「消札 けしふだ」の始まりとされています。

消札には、「纒 まとい と共に後へは引かぬ」という、命懸けで果敢な町火消しの心意気が込められていました。以来、消札は、火難や災厄を逃れる目出度い意匠の縁起物として、江戸庶民の間で盛んに用いられ、深く浸透して行きました。





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消札の見事な出来栄えに大喜びの永見先生と橘右之吉師匠

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けやき の五寸超特大彫上消札 ほりあげ けしふだ

オーソドックスな意匠で、「家紋」、「品川」、永見先生の愛称「たかさん」、右之吉師匠の「銘 めい と 落款 らっかん」が、配 あしら われています。



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けやき の五寸超特大彫上消札 ほりあげ けしふだ

意匠の基本は同じですが、品川の文字が朱書 しゅがき 印形 いんぎょう です。



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けやき の五寸超特大彫上消札 ほりあげ けしふだ

こちらも意匠の基本は同じですが、品川が短冊 たんざく になっており、独特の色気があります。





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右側三枚は 欅 けやき の五寸超特大彫上消札 ほりあげ けしふだ

左側二枚は 欅 けやき の四寸特大彫上消札 ほりあげ けしふだ





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消札を身につけられて気合が入る永見先生

反転すると現れる「開運招福」

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橘右之吉師匠が BS朝日の「みらい遺産」に出演!
ご覧になった方も多いのでは ♬


橘右之吉
TACHIBANA Unokichi

橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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永見隆幸
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director、東京二期会 会員、ほか。





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橘右之吉 永見隆幸の招木 揮毫 完成
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永見隆幸 橘右之吉 UNOS 訪問


橘右之吉 角大師 大入袋 揮毫
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永見隆幸の最新プロフィールはコチラ ♪
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永見隆幸 橘右之吉 訪問 招木 揮毫 制作 [永見隆幸& UNOS]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの永見隆幸先生が、橘流寄席文字書家で江戸文字の大家として知られる橘右之吉さんのアトリエを訪問されました。



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橘右之吉さんが、永見先生の招木三種を揮毫、制作してくださいました!





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橘右之吉さん(左)永見隆幸先生(右)東京都文京区湯島にある橘右之吉さんのアトリエ「うのす UNOS」にて



永見先生の右に見えるのは「角大師」で、何と、永見先生は、橘右之吉さんにお願いして角大師を描いていただいています。



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橘右之吉さんが揮毫なさった角大師と永見先生





角大師とは、慈恵大僧正良源師のことです。比叡山延暦寺の高僧で、平安時代に疫病が流行した時、自ら鬼に姿を変え、厄病神を退散させたという逸話の持ち主です。鬼に変った際、角が生えたという言い伝えから、角大師とも称され、庶民の尊崇を集めたそうです。コロナの流行で、再び今クローズ・アップされています。


庶民から、元三大師や角大師と呼ばれて敬愛される良源師を、何故、永見先生は、慈恵大僧正良源師とおっしゃるのか、その訳をお尋ねしました。
全く拘 こだわ りは無いのですが、と前置きなさり、「良源師に朝廷から『慈恵』と諡 おくりな された時、大師号はありませんでした。しかし、僧侶としての最高位である『大僧正』の位に在った方なので、敬意を込めて『慈恵大僧正良源師』とお呼びしている」そうです。加えて、「元三大師、角大師、降魔大師などと称してお慕いするのは、たいへん結構なことで、それに異論を挟むつもりは毛頭ありません」ともおっしゃっていました。


永見先生に、慈恵大僧正良源師について、どこに敬意を抱かれるのかをお聴きしました。
第一に、厳しい修行を耐え抜く信念の人であったこと。
次に、「先ず他人 ひと を立て 自らを後にすべし」という遺誡 ゆいかい
そして何と言っても、その遺言だそうです。慈恵大僧正良源師の墓所は、御廟 みみょう と呼ばれ、京都の鬼門にある比叡山、比叡山の鬼門である横川 よかわ、その横川の鬼門に当る華芳峰 かぼうお にあります。死んでもなお、京の都を守らんと、この鬼門中の鬼門と言える地を自ら墓所に選び、荒れるに任せるよう遺言なさったのです。その姿勢に心打たれると永見先生はおっしゃいます。


書かれていることの意味について、皆目見当がつきませんでしたので、永見先生に伺いました。
「出楞嚴定 降魔伏邪」は、「勇猛堅固な三昧である首楞嚴定 しゅりょうごんじょう を成就された慈恵大僧正は、悪魔を抑え鎮めて邪鬼をひれ伏させる。」、「大悲化身 悪厄退散」は、「生きとし生けるもの全てを救済せずにはおかぬという菩薩の大いなる慈悲により、人に姿を変えてこの世に現れた慈恵大僧正が、不吉な禍事 まがごと を散り散りに消し去る。」という意味だそうです。





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橘右之吉さんが揮毫なさった角大師


橘右之吉
TACHIBANA Unokichi

橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





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アトリエに一歩足を踏み入れると、先ず目に飛込んで来たのが、三越ジャパンセンスィズ Mitsukoshi Japan Senses に参加された橘右之吉さんのポスター。





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色々な話題に花が咲いて談笑なさる橘右之吉さんと永見先生


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二尺もある、永見先生のフルネームが記 しる された招木 まねき を前に、何かを取出そうとなさる橘右之吉さん。



~招木 まねき とは~

江戸時代、宿場の茶屋や旅籠では、馴染みの客が贈った木札などを表に並べて掲げる光景がよく見られたそうです。そこには火消の組や講中の名前などが記されていました。それが新たな客を呼込むことに繋って、「招き」と呼ばれるようになり、「招木」「招喜」の字が当てられ、景気をつける招福の縁起物として飾られるようになったのです。文化文政の頃には、銘木 めいぼく に、「額彫 がくぼり」と呼ばれる技法で名を浮彫りにし、更には、漆を注すなど、凝った招木が作られるようになりました。



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木製の何かでしょうか…



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招木を起こして…



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招木を掛けるのではなく、立てる…



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招木が立つようにする道具を、飾脚 かざりあし と言います。



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高さ二尺で巾五寸の特選木曾檜、橘右之吉師匠による題字揮毫、額彫 がくぼり、漆差 うるしざし、黒漆地本金箔家紋、飾脚二本一組、堂々たる招木の完成です!



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こちらは、高さ一尺五寸で巾四寸の特選木曾檜入山屋根付、橘右之吉師匠による題字揮毫、額彫 がくぼり、漆差 うるしざし、黒漆地本金箔家紋、飾脚二本一組。



江戸前、関東の入山招木 いりやま まねき は、山形の板が組木の形。関西では、斜めになった左右の板の上部が交差して突出た形だそうです。



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江戸前の入山 関東風

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上方の入山 関西風



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入山招木について語る橘右之吉さん



日本の家屋において、屋根の傾斜は、「角度」ではなく「屋根勾配」で決められるそうです。屋根勾配は、水平方向に一尺つまり十寸行ったところで、何寸垂直方向に上ったかで表します。例えば一尺横に行って五寸上る場合は「五寸勾配」と表記します。一般的な屋根の場合は四寸五分から六寸程度の勾配で、角度にすると約30度。入山招木の屋根も、大凡 おおよそ それ位の緩やかな勾配で拵 こしら えられる故に、日本人には、しっくり来るということです。



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師匠と永見先生のお話は、内容の濃さだったり、尺貫法で会話がトントン進んで行ったり、驚くべき所が多々ありました。



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これは、高さ一尺で巾三寸の特選青森檜葉、橘右之吉師匠による題字揮毫、額彫 がくぼり、漆差 うるしざし、黒漆地本金箔家紋、飾脚二本一組。



二尺の大きな招木に比べ、その可愛らしさに、歓声が上りました!



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橘右之吉師匠は、満足できる仕上りだと思っても、一晩おいて招木を逆から眺めると、アラが見えることがあると、おっしゃっていました。
師匠は、ご自分に厳しい方なので、そうはおっしゃいませんが、永見先生の招木を逆さにご覧になってもこの表情という事は、ひょっとして、快心の出来だと思っておられるのでは… ♬
そんな風に感じさせてくれる、立派で風格のあるステキな招木です!



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右から:
・十八世 中村勘三郎丈の招木
・永見隆幸先生の招木
・シンガー・ソング・ライター 鬼束ちひろさんの招木
・橘右之吉師匠の入山招木



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永見先生の招木を掛ける橘右之吉師匠と 二尺に及ぶ師匠の大招木を大事そうに抱える永見先生



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永見隆幸
NAGAMI Takayuki


音楽家 著作家 舞台ディレクター

20歳代はアメリカに住み、30歳代の殆どを欧米で過ごし、国際的な実力派アーティストとして活躍。クラシック、現代音楽、ジャズを中心に数々のオーケストラと共演する。

モーツァルトなどの独墺系オペラをはじめ、ビゼー『カルメン』ホセ、ヴェルディ『椿姫』アルフレード、プッチーニ『ラ・ボエーム』ロドルフォほか、オペラやオペレッタの主演多数。
ミュージカルでも、『ガイズ&ドールズ』ネイサン、『ラ・マンチャの男』ドン・キホーテ、『アニーよ銃をとれ オリジナル版』フランク、『キス・ミー・ケイト』フレッドなど数多くの主演を務め、『キャバレー』MCや『アニー』ウォーバックスなど、ユニークな役も演じている。

数多くのコンサートでソリストを務め、指揮者や指導者としても定評がある。
日本では、文化庁芸術祭主催公演やNHKクラシック・スタジオなどに出演。

音楽家のデューマス博士が「アメリカ大学時代から彼はずっとスターだった」と語るように、BHSア・カペラ世界チャンピオン "Crossroads" との共演やトリノ王立歌劇場への出演など、脚光を浴びている。

メリー・アーティスツ・カンパニーにおいて、全公演の芸術監督と、『ザ・ヴォイス Frank Sinatra』フランク・シナトラ役、『ラプソディーdeパパ』ジョージ・ガーシュウィン(ガーション)役、『ベリー・メリー・クリスマス』アーヴィング・バーリン役、『BOBBY』ボビー・ダーリン役ほか、多くの主役を務めた。

ジャズでは、スタンダードの歌唱が心に残ると言われ、ビッグ・バンドと渡り合う圧倒的な存在感、美しいヴェルヴェット・ヴォイス、抜群の表現力が、高い評価を得ている。
メリー・アーティスツ・ジャズ・オーケストラのリード・ヴォーカル。CD『My Blue Heaven』『Joyful Christmas』などをリリース。

東海地方においても活躍。名古屋市芸術創造センター開館30周年記念公演『Mr.ブロードウェイ』で主演のジョージ・M・コーハン役、名古屋市民芸術祭主催公演『マイ・ブルー・ヘヴン』では指揮者のみならず上等兵の英霊とジャズ・シンガーの二役を務め、絶賛された。毎週土曜日15:55放送のラジオ番組 FM AICHI 80.7「サウンド・ステップス」のレギュラー・ゲストとしても知られる。

天才肌で芸術家気質の行動人、論理的かつ哲学的な思惟の人、という二つの面を併せ持つと文芸評論家の清水信に評された。芸術評論家の馬場駿吉は、「永見隆幸は多面体、その核心には強い自由の希求がある。」と述べている。芸術家として様々な顔を持ちながら、話題性や知名度に関心を示さず、謎に包まれたアーティストして知られる。
著書に、『銀の光輝-しろがねのこうき』(NG出版)など。

現在、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督、ザ・ディライトフル・カンパニー Artistic Director、東京二期会 会員、ほか。





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永見先生の招木の三役揃踏み


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永見先生が師匠のアトリエを辞す折、神楽坂にある毘沙門煎餅「福屋」の勘三郎煎餅を お土産に頂戴しました。



備長の手焼きせんべの焦げよろし 勘三郎



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この「舌代」は、福屋の初代店主が、十七代目勘三郎丈との軽妙な遣取りを記したものです。



十七代目 中村勘三郎丈が、よく神楽坂にいらして、福屋の煎餅を贔屓にしてくださっていたそうです。初代店主が焼いている前で、十七代目が、もっと焼けもっと焼けとリクエストなさったとか。何でも、焦げた煎餅が大好物らしく、こんなんじゃ真っ黒になっちゃいますよって申し上げても、構わないから焼けっと おっしゃるほどだったとか。そこで、勘三郎丈がいつお越しになっても、焦げた煎餅を召上っていただけるように「先生用」と書いた瓶に入れて保存していたところ、それをご覧になっていたほかのお客様が、何枚か分けてくれないかということになり、そこから名物になったという話です。その煎餅は、十八代目 中村勘三郎丈も好きでいてくださったそうです。



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毘沙門煎餅「福屋」の勘三郎煎餅は、備長炭を使った昔ながらの手焼きの堅焼煎餅です。永見先生がおっしゃるには、「袋を開けた時の香ばしい香り、しっかり堅いパリッとした食感、旨味の詰った醤油味、やっぱり煎餅はこうでなくっちゃ!」


永見先生は、実は歌舞伎が大好きでいらして、演目によっては、大向こうをかけられるくらいです。十七世と十八世の両勘三郎丈も大の御贔屓で、橘右之吉師匠の、こうした、さり気ない気配りが心に沁みると、感じ入ったご様子でした。





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橘右之吉 角大師 大入袋 揮毫
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橘右之吉 揮毫 角大師 大入袋 永見隆幸 元三大師 慈恵大僧正良源 [永見隆幸& UNOS]



橘流寄席文字書家で、江戸文字の大家と謳われる橘右之吉さんが、メリー・アーティスツ・カンパニー芸術監督 永見隆幸先生の依頼を快くお引受けいただき、角大師を揮毫 きごう してくださいました。



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揮毫なさった角大師をお持ちになる橘右之吉さん(東京都文京区湯島の工房にて)





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丁寧に梱包されて送られて来た角大師


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角大師についても、書かれている文言 もんごん についても、知識すら全くありませんでしたので、永見先生に伺いました。



Q:角大師とは何ですか。

A:比叡山延暦寺の高僧、良源大僧正の別称です。貞観二年=984年に疫病が流行した折、自ら鬼の姿に身を変えて、疫病を退散させたという説話があります。その時に角が生えたという言い伝えから角大師とも称されているのです。


Q:なぜ角大師の揮毫をお願いされたのですか。

A:コロナの影響で閉塞感が漂う今、お世話になっている方々に何か意味のあるものをお送りしようと考えていました。アマビヱもよいですが、もう少し現実的なものを選びたいし、比叡山の角大師の御札も選択肢の中に当然ありましたが、宗教的なものを避けられる方もいらっしゃるので、どうしたものかと思案しておりました。そんな時に偶然、橘右之吉師匠の Twitter に行当りまして、師匠が描いてらした角大師を拝見し、「これだ!」と、膝を打ったのです。


Q:なぜ橘右之吉さんの角大師をご覧になって、これだと思われたのですか。

A:御札の角大師は、異形 いぎょう ではあるものの、余りリアリティを感じられなかったのですが、右之吉師匠の角大師は確かに鬼でした。説話に、目はぐりぐりと丸くなり、耳まで口が裂け、角も生え、骨と皮ばかりの鬼の姿に変ったとあるのですが、その点も、よく描かれていると思います。しかも、その鬼の姿に、良源師が疫病に苦しむ人々を救わんとする強靭な意志さえも感じ取ることができたのです。
江戸文字を生業 なりわい にしていらっしゃる方は、自分が思っていたよりも多いのですが、以前から師匠の字が格別に好きだったこともあるでしょうね。
師匠の Twitter には、ご自身で書かれたコロナの文字が、鋭い鋏か何かで真っ二つに切裂かれていました。書家にとって文字は魂、武士の刀に例えてもよいでしょう。自ら書いた文字を真っ二つに切裂いた師匠の強い思いも本物だと深く感じました。


Q:江戸文字を生業 なりわい にしていらっしゃる方は、先生が思っていたよりも多いとおっしゃいましたが、何故その中で橘右之吉さんの江戸文字が格別にお好きなんでしょうか。

A:一言で言うと、風格と品位でしょうね。師匠の字は、堂々としていますが、押付けがましくない。力強いのに、力みがない。きっちりした線でも、柔らか味があって、決して生硬 せいこう にならない。繊細な線で描かれても、弱弱しくない。歴史と伝統を踏まえながら、アシンメトリーの均衡なども見事。手仕事の味わいが凝縮されており、筆舌に尽し難い趣があるのです。
言霊 ことだま という言葉がありますが、右之吉師匠の字を拝見していると、文字にも文字霊 もじだま のようなものがあるのではないかと感じます。名は体を表すと言いますけれども、字は人となりを表すものだと信じています。





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橘右之吉さん揮毫の角大師を手にして喜ばれる永見先生





Q:「出楞嚴定 降魔伏邪」を判り易く説明していただけますか。

A:勇猛堅固な三昧である首楞嚴定 しゅりょうごんじょう を成就された慈恵大僧正は、悪魔を抑え鎮めて邪鬼をひれ伏させる。


Q:三昧とは何ですか。

A:心を一処 ひとところ に留めて、静かで安らかな動じない状態になることです。瞑想によって精神の集中が深まり切って安定した状態を指して言います。無我の境地に近いと言ってもよいでしょうか。


Q:首楞厳定とは何ですか。

A:śūraṃgama-samādhi の訳、首楞厳三昧 しゅりょうごんざんまい の事です。第十地の仏と菩薩が得る三昧で、優れた将軍の軍隊を率いるが如くに一切の三昧が随従し、転輪聖王 てんりんじょうおう の強敵を降伏させるが如く悪魔を平伏させる、勇猛堅固な三昧です。菩薩がこの三昧に入ると、貪欲 とんよく、瞋恚 しんに、愚痴 ぐち の、三毒の煩悩が消え去る程の功徳をもった三昧と言われています。「徹底して自分自身の思うが儘にする」という随自意三昧が成就すれば首樗厳定を得るとも言われます。
大乗仏教における般若波羅蜜の実践は極めて厳しい修行で、必然的に気力溢れる烈しい性格の禅になりました。この激しい修行を支えるものこそ勇健三昧とも訳される首楞厳三昧なのです。「śūra」とは、勇気ある戦士の意で、成仏 じょうぶつ という大望を抱く菩薩に例えられます。菩薩には厳しく激しい修行を成遂げる不撓不屈 ふとうふくつ の精神が不可欠で、その精神を湧立たたせる三昧が首楞厳定という訳です。


Q:転輪聖王とは何ですか。

A:統治の輪を転がす王、即ち、四天下を統一して正法をもって世を治める王という意味です。この転輪聖王が世に出る時は、天の輪宝 りんぽう が現れ、その先導によって、武力を用いずに世界を平定するとされます。言わば、理想の帝王です。仏の代名詞とされることもあります。優曇華 うどんげ は、如来や転輪聖王が出現した時にだけ花開くと言われたそうです。


Q:「大悲化身 悪厄退散」を判り易く説明していただけますか。

A:生きとし生けるもの全てを救済せずにはおかぬという菩薩の大いなる慈悲により、人に姿を変えてこの世に現れた慈恵大僧正が、不吉な禍事 まがごと を散り散りに消し去る。





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次の文章は、永見先生に伺った角大師の話を纏め、私が理解できなかったところを山田恵諦『元三大師』などの資料を参考にして補い、先生に手直ししていただいたものです。





『角大師の御札 つのだいしのおふだ


貞観 じょうがん 二年のある夜、良源様が唯お一人、居室に端坐 たんざ して止観 しかん を行じておられますと、一陣の風が巻起り、怪しき影が現れました。
「そこに居るは何者ぞ。」と、お訊 たず ねになりますと、「疫病 えきびょう を司る厄病神 やくびょうがみ。いま疫病が天下に流行し、貴方様も罹 かか らねばなりませぬ。御身体を侵 おか しに参りました。」と申します。

「疫病の神とな。我もまた逃れられぬか。唯円教意 ゆいえんきょうい 逆即是順 ぎゃくそくぜじゅん と言う。何 いず れの処にか逆境やあらん。因縁を逃れ得ぬも止むを得まい。これに憑くがよい。」と、小指を差出されました。
厄病神が触れるや、良源様は、忽 たちま ち熱を発し、堪え難い苦痛を覚えられたので、心を寂静 じゃくじょう に澄 すま し、円融 えんにゅう の三諦 さんたい を観じて弾指 だんし せられると、弾き出された厄病神は、伏し転 まろ びながら逃げ失せます。

良源様の苦痛は、忽 たちま ち恢復 かいふく せられました。「僅 わず かに一指を悩めるさえ、かような苦しみを覚ゆる。全身を侵 おか されながらも逃るる術を知らぬ人々を、何としても、一刻も早く救わねばならぬ。」と、思 おぼし 召され、夜明けを待たずに弟子達を集められました。

「鏡を持て。我が姿を写す故 ゆえ、心ある者が写し取れ。」と、お命じになられた良源様は、小判形の姿見の前に座を占められ、観念の眼 まなこ を閉じ、静かに禅定 ぜんじょう に入られます。すると、見る間に痩せこけて肋骨 あばらぼね が浮き、目はぐりぐりと丸くなり、耳まで口が裂け、角も生え、骨と皮ばかりの鬼の姿に変化 へんげ なされました。

弟子達は、恐ろしさの余り、その場にひれ伏してしまいましたが、明普 みょうしん 阿闍梨 あじゃり だけは、気丈な上に絵心第一、恐るることなく、鏡に映った良源様の姿を見事に写し取りました。

禅定からお出ましなされた良源様は、それを御覧になり、「これでよい。直ぐ版木におこし、御札に摺れ。」と、お示しになられます。
摺り上がった御札に、御自 おんみずか ら開眼 かいげん の御加持を施され、「早く戸口に貼るよう、皆に申し付けよ。邪鬼は怖れをなして寄りつかず、疫病はもとより一切の厄災を逃るる事が出来る。」と、仰せつけられました。

病に罹 かか った人々は、護符のおかげで程なく快癒 かいゆ。天下に流行した恐ろしい疫病も、忽 たちま ち消え失せました。爾来 じらい、この御札を角大師と称 とな え、御利益をいただいているのであります。


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註壱)貞観 じょうがん 二年は、西暦984年。

註弐)唯円教意 ゆいえんきょうい 逆即是順 ぎゃくそくぜじゅん とは、「究極の完全な教えにおいては、この世における順逆は、結局、仮の姿であって、逆も順も区別なく、実は、同じである。」の意。

註参)円融 えんにゅう の三諦 さんたい を観じるとは、「一切の存在には実体が無く空であるとする空諦、一切の存在は因縁によって仮に生起するものであるとする仮諦、空諦と仮諦に執着せずに超越して存在している根源的なものとしての中諦、その三諦が円融無碍 えんにゅうむげ であること。即ち、三つの真理が互いに融け合い、尚且つ、それぞれ立場を保ちつつ妨げにならずに成立している事を、心静かに瞑想して悟る。」の意。

註肆)禅定 ぜんじょう は、サンスクリット語でディヤーナ dhyāna、パーリ語でジャーナ jhāna。心の動揺が無くなった状態。精神を集中して三昧に入り、寂静の心境に達すること。

註伍)開眼 かいげん とは、新たに作られたものに仏の魂を迎え入れて供養すること。





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角大師を手にして喜ぶ 桜井ゆう子(中:脚本 演出 振付)安藤麻実(左:演出振付助手)加藤雅之(右:制作)





そして何と、橘右之吉さんは、メリー・アーティスツ・カンパニー専用の「大入袋」も揮毫、制作してくださいました!



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メリーの大入袋を貰ってくださる方々に、少しでも「福」と「幸」をお届け出来ればと、誂えていただきました。



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見事な出来栄えの大入袋にご満悦の永見先生

白抜きで描かれた大らかな「大入」の文字も、もちろん右之吉師匠の揮毫 きごう です。
舞台が 當 あた って大入になるように、大入が 叶 かな うように、「當」と「叶」の字が配されています。そして、極付 きわめつけ の締めは、右之吉師匠の銘の「吉」という字の落款。
何とも粋ですね。



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彬子女王殿下におかせられては、「和樂 わらく」という雑誌において橘右之吉さんを取材あそばされ、イノリノカタチ「消し札」と題した記事を掲載なされました。 その資料も同封してくださっています。



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鄭重な直筆の手紙も添えられており、橘右之吉さんのお人柄が偲ばれます。





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橘右之吉
TACHIBANA Unokichi

橘流寄席文字 江戸文字 書家
昭和25年=1950年 東京に生れる。
昭和40年=1965年 橘流寄席文字家元の橘右近に師事。
昭和44年=1969年 正式な継承者として橘右之吉の筆名を認可される。
昭和50年=1975年 株式会社文字プロを設立。
平成22年=2010年 湯島天神前にオフィス兼工房の株式会社UNOSを構える。
平成25年=2015年 文京区伝統工芸会より「文 ふみ の京 きょう 技能名匠者」に認定される。
令和2年 = 2020年 月刊誌「銀座百点」に『右之吉文字かたり』を連載。

主な作品や筆耕歴は、国立劇場や国立演芸場のポスター、湯島天満宮、柴又帝釈天、浅草鷲神社、浅草神社、中村勘三郎丈襲名招木 まねき、坂東三津五郎丈襲名祝掛行灯、中村勘九郎丈襲名記念飾絵馬群、平成中村座ニューヨーク公演ベルリン公演スペイン公演等 揮毫実演、坂東彌十郎丈欧州公演 揮毫実演、永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニー大看板、永見隆幸招木 まねき、ほか多数。

個展は、「橘右之吉の世界展」東京新宿住友ビル 夢ギャラリー、オーストリアのウィーンで開催された「橘右之吉因維納」 "Tachibana Unokichi in Vienna" など。江戸開府400年記念作品展「江戸のタイポグラフィ展」アド・ミュージアム東京にも参加している。

題字や装丁も、なぎら健壱『東京の江戸を遊ぶ』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝創作落語大全集』(メディアクラフト)題字、『中村勘三郎、襲名!特集』和樂(小学館)タイトル題字、澤田隆治『決定版 上方芸能列伝』(ちくま文庫)装丁と題字、桂三枝『桂三枝の上方落語へいらっしゃ~い』(コミックヨシモト)タイトル題字、福田和子『吉原はこんな所でございました』(ちくま文庫)装丁とタイトル題字、沢村貞子『私の浅草』(平凡社)装丁とタイトル題字と後書きエッセイ、ほか多数。

NHK「美の壷 - 浅草」、木村和久「江戸文字」週刊宝島、「モノが伝える中村勘三郎襲名披露」ぴあ月刊カラフル、浅原須美「粋に遊ぶ」助六 二玄社、堀口葉子「パソコンには奪えぬ仕事」フジサンケイ ビジネスアイ、NHKBSハイビジョン「襲名 坂東三津五郎」、NTV 阿藤快「ぶらり途中下車の旅」、BS11 大人の自由時間「なぎら開宝計画」、monoスペシャル「職人モノ No.2 - 洒落と縁起が込められた寄席文字・江戸文字 橘右之吉」ワールド・ムック851 ワールドフォトプレス 平成23年、丸若屋×井浦新「美しい手が生み出すモノたち 寄席・江戸文字/橘右之吉」ハースト婦人画報社 ELLE DECOR 日本版2013年8月号、山崎真由子「職人の手 16 PROFESSIONAL STORIES - 江戸文字 橘右之吉」KTC中央出版、彬子女王「イノリノカタチ 消し札 - 橘右之吉」和樂 2020年2/3月号 小学館など、数多くのメディアに取上げられている。





浅草寺本堂正面の大提灯「志ん橋」の江戸文字も、橘右之吉さんの揮毫によるものです。


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江戸時代に書かれていた提灯の文字を再現して欲しいという依頼を受け、資料の乏しい中、安藤広重の浮世絵に描かれた提灯「志ん橋」を参考にしつつ、橘右之吉さんが見事に再現されました。

令和二年四月、新品に掛替えられたばかりです。





歌舞伎役者ら、舞台人の招木 まねき も多く手掛けていらっしゃいます。



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十八世 中村勘三郎丈の招木 まねき



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十八世 中村勘三郎丈



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慈恵大僧正良源、元三大師について永見先生から伺った話を纏めてみました。

厳しい修行を耐え抜く胆力の据 すわ った人でもあったし、死してなお都を守らんと鬼門中の鬼門に自らの墓を決めるなど、当時の人にとっては、常識を遥かに超えた大きな人物だったのではないかと永見先生はおっしゃっていました。そういう超人的な力を示した良源大僧正が往時の人々には非常に頼もしく映ったに違いないので、それが庶民の元三大師、角大師信仰に結びついて行った一因なのではないかと推察されているようでした。

永見先生は、本当に何でもよくご存知で、単に博覧強記と言うだけでなく、豊かな見識や鋭い感性をお持ちなので、造詣が深いと申し上げるほか、表現の仕方が見当りません。
敬服 けいふく く能 あた わざる方だと、心から畏敬の念を抱いております。





『慈恵大僧正良源 じえ だいそうじょう りょうげん



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慈恵大師坐像 法界寺 国指定重要文化財 鎌倉時代 13世紀半



延喜 えんぎ 十二年九月三日= 912年10月15日 ~ 永観 えいがん 三年一月三日= 985年1月26日

平安時代における天台宗の僧。第十八代 天台座主 てんだいざす。比叡山の伽藍 がらん の復興、天台教学の興隆、山内 さんない の規律の維持など、様々な功績から、延暦寺 えんりゃくじ 中興の祖として尊ばれている。四哲と呼ばれる恵心僧都 えしんそうず 源信 げんしん、慈忍尊者 じにんそんじゃ 尋禅 じんぜん、檀那僧正 だんなそうじょう 覚運 かくうん、兜率僧都 とそつそうず 覚超 かくちょう をはじめ、座主を歴任した明救、聖救、院源、暹賀ら、門下三千人と謳 うた われた。永観 えいがん 三年= 985年に遷化 せんげ、「慈恵 じえ」と勅諡 ちょくし された。正月三日に入寂 にゅうじゃく した故に、元三 がんざん 大師の通称でも親しまれる。遺誡 ゆいかい は、「先ず他人 ひと を立て 自らを後にすべし」。



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慈恵大師坐像 曼殊院 国指定重要文化財 文永五年=1268年



承平 じょうへい 七年= 937年、興福寺の維摩会 ゆいまえ で元興寺 がんごうじ の義昭を論破。応和 おうわ 三年= 963年には、応和の宗論 しゅうろん において、南都法相宗 なんとほっそうしゅう と宮中清涼殿で論争、東大寺の法蔵を論破した。村上天皇の皇后の安産祈願を行うなどして頭角を現し、康保 こうほう 三年= 966年、天台宗最高の位である天台座主 てんだいざす に就く。天元 てんげん 四年= 981年に、奈良時代の行基 ぎょうき に次いで、僧として最高位の大僧正になった。



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慈恵大師座像 求法寺 国指定重要文化財 文永四年=1267年



「慈恵大師像」と呼ばれる良源の肖像彫刻や画像は多くの寺院等に存在し、国の重要文化財に指定されている像が十一体を数えると言われ、僧の彫刻としては最も多いとされる。共通する彫像の特徴は、厳しい表情で、手に数珠と密教法具の独鈷杵 とっこしょ を持つ。主著に、『百五十尊口決』、『胎金念誦行記』、『極楽浄土九品往生義』など。



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慈恵大師坐像 金剛輪寺 国指定重要文化財 弘安九年=1286年



良源が剛腕の実務家でもあったことは、興福寺の勢力を背景に権勢を誇る良算が武士を雇って比叡山の僧兵と対峙、良源が良算を放逐 ほうちく した逸話でも知られる。良源が僧兵の創始者という俗説もあるが、実際には、天禄 てんろく 元年= 970年に「二十六箇条起請 きしょう」を制定し、刀杖 とうじょう の佩帯 はいたい や裹頭 かとう での横行、私刑、奢侈 しゃし などを禁じている。



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慈恵大師坐像 真福寺 国指定重要文化財 文永十一年=1274年



横川 よかわ 定心房 じょうしんぼう にて入滅 にゅうめつ。墓所は、御廟 みみょう と呼ばれる。この御廟は、京都の鬼門にある比叡山、叡山の鬼門である横川 よかわ、更に、その横川の鬼門に当る華芳尾 かぼうお にある。死してなお京の都を守護せんと、良源は、この地を自ら墓所に選び、荒れるに任せるよう遺言した。門弟達は、遺言通り、比叡山横川 よかわ 最北の地である華芳峰 かぼうお に墓廟 ぼびょう を設け、多面石幢 せきどう の石造卒塔婆 そとうば を建立した。様々の霊験あって一山の護法とされ、良源を御廟 みみょう 大師とも称す。



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慈恵大師坐像 観音寺 国指定重要文化財 観応二年=1351年



数々の説話が残されており、降魔大師、磨滅大師、角 つの 大師、鬼大師、豆大師、御廟 みみょう 大師、御影 みえい 大師、御鏡大師、木葉 もくよう 大師、御鈴大師、鈴振 れいふり 大師、魔除大師、厄除大師などの呼称で、霊験灼 あらた かな聖者として信仰を集めた。



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元三大師坐像 正法寺 国指定重要文化財 鎌倉時代



疫病が流行した折、自ら悪鬼の姿に化して弟子に写し取らせた。それを護符として刷り、開眼 かいげん した札を家々に貼ると、疫病は忽 たちま ち止んだと言う。鬼の姿になった時、角が生えたという言い伝えによって角大師とも呼ばれる。良源は、仏や菩薩が衆生 しゅじょう 救済のためこの世に仮の姿で現れる権化の仁 ごんけのにん、仏や菩薩が衆生を済度するために人それぞれの機根 きこん に応じた別の姿で現れる応化仏 おうけぶつ と考えられており、天台宗における「邪正一如 じゃしょういちにょ」から、邪も正も本来同一なので、自ら鬼と化して魔を滅し、その姿のまま仏になったと理解された。角大師の呼称については、良源が際立った美形であったため鬼の姿に変化 へんげ して女難を逃れた故 ゆえ とか、魑魅魍魎 ちみもうりょう の類が修業を妨げようとしたので鬼の姿に身を変えて退けた故 ゆえ という説もある。如意輪 にょいりん 観音の化身とも仰がれ、観音が衆生を救わんがため三十三の姿に化身すると法華経にある如く、豆のように小さな三十三の童子に姿を変えて農民の田畑を守ったという故事により、豆大師とも称される。鏡の前に座って骨と皮になる程の厳しい断食修行をしたことから、御鏡大師とも呼ばれる。天皇病気平癒の祈祷をしている最中に生身の不動明王に変化 へんげ したという逸話や仏法擁護のため魔界の棟梁になったという言い伝えもある。自ら描いた肖像画に本物の眉毛が生えたという伝承も存在する。

「お御籤 みくじ の原型」や、比叡山で定心房漬 じょうしんぼうづけ と呼ばれる「沢庵漬」を作ったことでも知られる。



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慈恵大師坐像 高野大師堂 国指定重要文化財

長年、伝教大師像と伝えられて来たが、厳しい表情や手に数珠と密教法具の独鈷杵 とっこしょ を持つ特徴などから、慈恵大師の像と判明した。





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永見隆幸&メリー・アーティスツ・カンパニーやスマイル・ミュージカル・アカデミー SMA をはじめとするディライトフル・グループの、ご贔屓様、ご支援やご協力くださる皆様、関係者などに「角大師」を早速お配りしたところ、物凄い反響、大評判でした!

さすがは橘右之吉師匠、日本一!





永見隆幸 うのす UNOS 訪問
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-07-09
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橘右之吉 永見隆幸の招木 揮毫 完成


ザ・ディライトフル・カンパニー
千社札 橘右之吉 揮毫 制作
 ↓
https://merry-3.blog.ss-blog.jp/2020-07-17-3
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TACHIBANA Unokichi senshafuda


橘右之吉 UNOS
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https://unos.co.jp/%e6%a9%98%e5%8f%b3%e4%b9%8b%e5%90%89/
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TACHIBANA Unokichi


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