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永見隆幸 比叡山延暦寺 千日回峰行者特別護摩祈祷 参加 [永見隆幸先生information]



音楽家、著作家、舞台ディレクターの永見隆幸先生が、比叡山延暦寺の千日回峰行者特別祈祷に参加されました。

千日回峰行者とは、比叡の山々を巡る過酷とも言うべき極めて厳しい行を修めた阿闍梨 あじゃり のことで、戦後、千日回峰行を満了されたのは、14名だけだそうです。



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千日回峰行者特別護摩祈祷が行われる首楞厳院 しゅりょうごんいん 横川 よかわ 中堂の前に佇む永見先生





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千日回峰行者特別護摩祈祷の告知





永見先生が普段は非公開の「内陣」で護摩祈祷に参加なさいます。





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何と 永見先生が ナンバー・ワン!





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懸崖に建つ朱塗りの舞台造こそ 首楞厳院 しゅりょうごんいん 横川 よかわ 中堂。横川の中心になる大堂。本尊は聖観音、毘沙門天、不動明王。慈覚大師円仁が、嘉祥元年=848年に、聖観音と毘沙門天を祀って創建。天延二年=974年、慈恵大師良源が横川中堂を改造した折、不動明王を新たに祀った。仁安四年=1169年と文明十四年=1482年に焼失。元亀二年=1571年、織田信長の焼討ちで焼失。天正十二年=1584年、恵心院亮信が再建し、慶長九年=1604年に淀君の発願で改修。昭和十七年=1942年に落雷で全焼するも、本尊の聖観音像は焼失を免れた。現在の横川中堂は、残念ながら、昭和四十六年=1971年の伝教大師千百五十年遠忌を記念して復元されたコンクリートの建物。





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内陣参拝者特別控室で寛 くつろ がれる永見先生

護摩木に 報恩謝徳 メリー・アーティスツ・カンパニーと記されています。報恩謝徳とは、簡単に言うと、恩得に感謝することだそうです。永見先生は、神仏に願い事をするのが苦手でいらっしゃいます。人事を尽して天命を待つ形こそ本来の姿というお考えです。この世に生まれて来たこと自体ある種の奇跡なので、有難く神仏に感謝を表すのが永見先生流なのだとか。メリー・アーティスツ・カンパニーとしても感謝を捧げるというお気持ちなのでしょうか。





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首楞厳院 横川中堂 内陣

内陣は撮影禁止なので「伝教大師一千二百年大遠忌記念事業『最澄と比叡山』HP」より転載させていただきました。





通常は非公開である首楞厳院横川中堂の内陣にて、永見先生は、千日回峰行者の最も近い席にお座りになり、優先的に加持をお受けになりました。護摩木も、直接、大阿闍梨に手渡されています。
永見先生の身体に、大阿闍梨が直接、幾度も触れてくださって、感激のご様子でした。





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北嶺大先達 藤波源信 大行満大阿闍梨

昭和34年=1959年 三重県四日市市生れ。
昭和51年=1976年 満17歳で比叡山延暦寺にて得度を得る。
昭和52年=1977年 叡山学院入学。飯室谷に移住し、酒井雄哉阿闍梨の千日行に随身する。
昭和59年=1984年 回峰行初百日行達成。一度比叡山を降りて僧侶を辞め、一般社会人として会社勤めを経験する。
平成 5年=1993年 「山家学生式」による十二年籠山行に身を投じ、同時に千日回峰行の修行に入る。
平成15年=2003年9月18日 千日回峰行満行。天正年間以降49人目の大行満大阿闍梨となる。
平成15年=2003年10月19日 参内加持。
平成17年=2005年 十二年籠山を円成する。
平成18年=2006年 比叡山山麓、飯室谷松禅院に居住する。
平成25年=2013年 比叡山飯室堂長壽院の住職となる。
著書に、『もし、生きることに悩んでいるなら – 幸せへつながる「縁起」の教え』(廣済堂出版)がある。





~千日回峰行について~


平安時代前期の建立大師 相応 そうおう 和尚 かしょう により開創された回峰行は、文字通り、比叡山の峰々を縫うように巡って礼拝する修行です。
この行は法華経中の常不軽菩薩 じょうふぎょうぼさつ の精神を具現化したものとも言われます。常不軽菩薩は、出会う人々全ての仏性を礼拝されました。回峰行はこの精神を受継ぎ、山川草木悉 ことごと くに仏性を見いだし、礼拝するものです。

回峰行者は、頭には未開の蓮華を象 かたど った桧笠を戴き、生死を離れた白装束を纏 まと い、八葉蓮華の草鞋を履き、腰には死出紐と降魔の剣を持つ姿をしています。
生身の不動明王の表現とも、また、行が半ばで挫折する時は自ら生命を断つという厳しさを示す死装束とも言われます。

千日回峰行は7年間かけて行なわれます。

1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間行じます。定められた礼拝の場所は260箇所以上もあります。

4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日。ここまでの700日を満じて、9日間の断食、断水、不眠、不臥の「堂入り」に入り、不動真言を唱え続けます。

千日回峰 6年目は、それまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日。

7年目は200日を巡ります。前半の100日間は「京都大廻り」と呼ばれ、比叡山山中の他、赤山禅院から京都市内を巡礼し、全行程は84キロに及びます。最後の100日間は、元通り比叡山の山中30キロを巡り満行となるものです。





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特別護摩祈祷札を手にされる永見先生

報恩謝徳 奉修聖觀世音菩薩特別護摩供願主心願成就祈攸 永見隆幸殿 とあります。





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